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	<title>NOVEL - Mugoi</title>
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	<description>※非公式二次創作サイトです。このサイトには暴力及び残酷な描写を含みます。R18表記の作品は18歳以下の閲覧をお断りします</description>
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		<title>水底のアリア5章下書き</title>

		<description>■ 清書版：数日後の暮らしと揺らぎ

　…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ ■ 清書版：数日後の暮らしと揺らぎ

　レイが作品を制作するという部屋は、家の北側に位置していた。壁の一面に広がる格子状の大きな窓からは、庭先の植え込みが視界を埋め、揺れる緑の葉が床の上に静かな影を落としている。周囲は道路に近接しておらず、少し余裕をもって囲まれた静かな空間だった。

　未使用のキャンバスが何枚も壁に立てかけられ、中には麻布がまだ張られていない木枠のままのものもある。床には乾いた絵の具の飛沫が散らばり、油絵具と溶剤の匂いが空間全体に染み込んでいた。角のほうには蓋のない木箱が置かれていて、そこには流木や錆びた金属片、割れた陶器などのガラクタがざっくりと詰め込まれている。おそらく、立体作品の素材だろう。

　フックの付いた有孔ボードには、ドライバーやヘラ、ペンチなどの工具が種類ごとにきっちりと吊るされている。ひと目で、ここが「気の多い」部屋だとわかる。イーゼルには描きかけの絵が立てかけられ、資料らしき書籍や印刷物が無造作に山積みになっていた。

「いい部屋だな。……『好き勝手やってる』って感じで、私も嬉しい」
　ハナオが満足そうに言うと、レイは筆を持ったまま小さく苦笑した。

「どうしてお前が嬉しいんだ」

　ハナオはそんな質問は愚問だとでも言いたげに胸を張る。

「我がライバルが、作品作りに邁進しているのが嬉しくないわけがない！」

　落ち着きなく辺りを見回していたハナオが、しかし何に触れていいものかと戸惑っているのに気づいたレイは、無言で作業台を指差した。

「そこにあるスケッチブックは中を見ていい。棚に並んでる本も資料用に集めたものだ。気になるのがあれば開いてみろ」

　大きな赤い目を見開いて、じっとレイを見上げてくるハナオの視線に、レイはわずかにたじろいだ。

「……なんだよ」

「嬉しすぎて、言葉が出ない」

　レイは口元にだけ微笑を浮かべ、椅子を引いてハナオに座らせた。

　それから数日、ハナオはレイの隣で、彼の制作を眺めたり、画集に見入ったりして過ごした。暮らしに不自由はなく、毎日が静かで満ち足りている。けれど、いくつか奇妙に思うこともあった。

　例えば、レイが、この家から消えてしまった“元の自分”の行方を、ほとんど気にしていないこと。タイムスリップという非常事態にもかかわらず、現状に疑問を挟む様子がない。現に、なんの打開策もないまま、すでに五日が過ぎていた。

「……私のこと、心配じゃないのか？」

　リビングで隣り合ってドキュメンタリー映画を観ていたときだった。三時間近い上映が終わり、メニュー画面に戻ったテレビの光をぼんやり見つめながら、ハナオはぽつりと呟いた。

「お前はここにいるだろ」

「そうじゃなくて！　元々この家にいた“私”のことだ！」

　思わず語気が強まる。恋人だというわりに、あまりにレイの態度はあっさりしている。

「……元の場所に戻りたいのか？」

「そ、それは……」

　言葉に詰まったハナオに、レイがそっと顔を近づけてきた。

「俺は、お前がずっとここにいてくれたらいいと思ってる」

　ハナオは真っ赤になって絶句する。

「こ、口説くな！　た、多分それは……浮気だぞ！」

「そうなのか？」

　レイのまっすぐな黒い瞳に見つめられ、純粋な問いかけを受けると、なにが正しいのか分からなくなる。ハナオは眉間に皺を寄せて「うむむ」と唸りながら、考え込んでしまった。

「もう寝よう」

　レイにマグカップを取り上げられ、彼の背中が静かにキッチンへ向かっていくのを、ハナオは目で追った。トイレと歯磨きを促されるそのやり取りも、子供扱いされているようで癪だが、どこか安心してしまう。

　寝室に向かうのは、少しだけ気が重かった。ここに来てからというもの、ハナオは毎晩、幾何学模様の悪夢を見る。恐ろしいものは何も出てこないのに、ただその模様が不気味で、怖いのだ。

「まだ抵抗があるのか」

　寝室の前で立ち止まったハナオに、レイが勘違いして優しく背中を押した。ベッドに横たわると、当然のようにレイの腕がハナオの身体を引き寄せる。きっとこれが、二人にとっての日常だったのだろう。

　奇妙なことの二つ目だが——こんなにも胸が高鳴っていて、夢を見るのが怖くても、レイに抱きしめられていると、いつの間にか深く眠ってしまう。

「やだ……」
　無意識のうちにそう呟いて、ハナオはレイの首に縋りついていた。レイはいつもと変わらない低い声で「大丈夫」と宥める。
　——何が、大丈夫なんだろう。


==============================

作品を描くためにレイが使っているという部屋は家の北側に面していて、壁の一面に格子状の大きな窓が広がっている。家の周囲はすぐに道路に近接するのではなく幾らか余裕があってぐるりと植え込みが作られているようだ。窓の向こうには揺れる緑の葉が見えて、その影が床の上に模様を描いている。 未使用のキャンバスが幾つも壁に立てかけられていた。まだ麻布を張られていない木枠の状態のものもある。床には乾いた絵の具の飛沫が点々と飛び散り、油絵とそれを溶かす溶剤の独特な匂いが部屋の壁紙に染み付いている。 何というか「気の多い」部屋だった。イーゼルに制作途中の絵が立て掛けられている。 部屋の片隅には蓋の無い木箱が置かれて、そこに流木や廃材なんかのガラクタが詰め込まれていた。なにか立体の造形に使うのだろう。フックの付いた有穴ボードに様々な種類の工具が吊り下げられている。 「いい部屋だな。〝好き勝手やってる″という感じで嬉しい。」 ハナオが満足そうに頷くのを見てレイは苦笑した。 「どうしてお前が嬉しいんだ」 ハナオは、そんな質問は愚の骨頂と言わんばかりだった。 「我がライバルが作品作りに邁進しているのが嬉しく無いわけがない」 そわそわと辺りを見回しながら、しかし何を見ても良いものかハナオが遠慮をしながら後ろをついてきていることに気が付いてレイは作業台を指差した。 「そこにあるスケッチブックは中を見てもいい。そっちの本棚に並んでるのは資料用に集めたものだがお前の気になるものがあるなら開いてみたらいい」 ハナオが大きな目を見開いてジッとレイを見上げているのに気がついてレイはたじろいだ。 「……どうした」 「嬉しすぎて言葉が出ない」 レイは口元だけで微笑んでハナオのために椅子を引いて座らせてくれた。 そのままレイが作業をするところを眺めたり、本棚の画集や解説書を読み耽ったりした。 この家での暮らしはハナオにとって申し分ないものだった。 けれどいくつか奇妙に思うこともある。 例えばレイが、この家から消えたハナオの行方を然程気に掛けてはいないこと。なんの不便もなく、かと言って現状の打開になんの手がかりを得ることもなく５日が経過していた。 「私のことが心配じゃないのか？」 リビングのソファに横並びに座ってドキュメンタリーの映画を観ていた。3時間ぐらいの上映時間が終わってメニュー画面に戻ったモニターをぼんやりと見つめながら、ふと気が付いてハナオが訊いた。 「お前はここにいるだろ」 「そうじゃなくて！元々この家にいた私のことだ」 恋人だという割にあまりにレイの態度は素っ気ない気がする。 「元の場所に戻りたいのか」 「そ、それは……」 言い淀むハナオと目を合わせるように顔を近づけてレイが言った。 「俺はお前がずっといてくれたらいいと思っている」 ハナオは赤面して絶句した。 「私を口説くな！多分それは、浮気だぞ！」 「そうなのか？」 レイの真っ黒な目で見つめられて無垢にそう問われると何が正しいのか分からなくなる。 ハナオが眉間に皺を寄せて「うむむ」と唸り声をあげ考え込む。 「もう寝よう」 手の中に抱えこんでいたマグカップがとりあげられてそれをシンクに置きに行くレイの背中を見送った。 トイレと歯磨きを済ませておくように言われて、子供扱いに、さっきの妙な空気はなんなんだと思うがどこかホッとする。 寝室へ向かうのはなんとなく嫌だった。 ここへ来てからというものハナオは毎日幾何学模様の悪夢をみた。恐ろしいものは何も出てこないのにハナオはそれが怖いのだ。 「まだ抵抗があるのか」 部屋の前で立ち止まったハナオがまた一緒のベッドに寝るのを恥ずかしがってると思ったのか、レイが優しく背中を押した。 ベッドに上がると当たり前のように体を抱き寄せられる。レイは平然としていてきっとこれが日常だったのだろうと思う。 ハナオが奇妙だと感じていることの二つ目だが、どんなに心臓が高鳴っていても夢を見るのが怖くてもこうしてレイに抱きしめられているといつの間にか意識を失うように深く眠ってしまう 「嫌だ」ハナオは無意識にぐずってレイの首に縋りついた。レイはいつも「大丈夫」と言って宥めてくれる。何が大丈夫なのだろう。 翌日はふたりで外出をした。少し日差しが強くてレイは「日に焼ける」と言ってハナオの着ているパーカーのフードをハナオの頭に被せた。 近くの公園でスケッチブックを広げて一緒に絵を描いた。 「今のお前から見たら拙いだろう」と言ってハナオは自分の描いた絵を見せるのを嫌がった。 レイは「そんなことはない。お前の素描の技術はだいぶ前から完成されたものだ」と言う。 夕方になってスケッチブックをたたんで帰りに近所のスーパーで買い物に寄った。 家事ができないと言われたのが刺さっていたのかハナオは今日は自分が作ると言い張って、簡単に作れそうなものを相談した結果メニューはカレーになった。 そのとき周りからの視線をハナオは感じた。 ]]>
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		<dc:date>2025-09-10T08:41:14+09:00</dc:date>
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		<title>アフターディケイド（下書き）</title>

		<description>浴室は湯気に満ちて視界が白く曇っていた…</description>
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			<![CDATA[ 浴室は湯気に満ちて視界が白く曇っていた。天井に上った蒸気が集まり水滴になって落ちる。その一滴が頬を打つ感触にハナオは目を覚ました。長い睫毛がひとつ、ふたつ、瞬きに合わせて微かに震える。状況を把握するのに時間がかかった。周りを囲む濡れた白いタイルの壁に見覚えがない。濡れた髪から馴染みのないシトラスの香りが漂っている。 「うわっ⁉ ……わぶ、 」 湯の中にいる、と気が付いた瞬間に足を滑らせてつむじの先まで浴槽に沈んだ。水を飲み、慌て藻搔きながら水面に顔を上げると、派手に水音がたったようで、浴室の扉の向こうで誰か人の動く気配がした。そのことに気づいてどきりとする。何せまだここが何処なのか、自分が何故ここにいるのかも把握していないのだ。湯につかっているせいなのか、自分が丸裸でいることも心許無く思える。恐ろしいものがやって来るかもしれない、そんな不安にハナオは湯の中でぎゅっと身を縮めて扉を睨みつけるが、しかし曇り加工をされた窓越しに灰色の人影が揺らめいて、現われたのは意外な人物だった。 

「……ハナオ？ 」 
「えっ！ 」 
　思わず声を上げたのは、目の前にいるのが誰だか分らなかったからじゃない。むしろ、分かったからこそ混乱した。
 「……レ、イ……か？ 」 
　小学生からの顔馴染みで、唯一無二のライバルと見定めた相手の名を呼ぶのに疑問符が付いたのは訳がある。そのよく見知ったはずの相手が、ハナオの知るのとはかけ離れた姿をしていた為だ。見慣れた白くふわふわとした、毛先の少し傷んだ髪、浅黒い肌、遠くを見るような茫洋とした黒い目、けれど背丈はハナオが知るよりうんと高く、手足が伸びて逞しい、およそ十歳ほどは大人びた姿をしていた。不思議そうに首を傾げたあと、こくりと黙って頷く。その仕草がハナオの問いへの肯定だと気が付いてハナオは改めて声を上げた。 
「え、えぇぇええ⁉ 」
 　驚いた拍子にまた足を滑らせて再び風呂の底に沈んだハナオの背に腕を回して、ずぶ濡れのやせ細った体をレイはいとも容易く水底から引き揚げた。





「つまり私は未来の私と入れ替わる形で10年後にタイムリープしたんだな」

　ここはどこで、何が起きているのか。矢継ぎ早にハナオが繰り出す質問にレイが淡々と知っている事実だけを答えて、情報をすり合わせた先にたどり着いたハナオの結論はそんなところだった。
「お前の目線から見るとそうなるのか」
　レイはさして困惑した風もなくハナオの言葉に緩慢に頷いた。
　ハナオの知る限りでは自分たちは次代の勇者で、いつか迫りくる人類存続を賭けた試練に打ち勝つべく日々訓練を積んでいた。目の前のレイが言うことには、人類への危機はとうに去り、あれから幾年もの月日が過ぎているらしい。ハナオの認識とレイの言う現在には十年のズレが生じている。

＝＝＝

キッチンで湯を沸かす柔らかい音がしている。自分はまだ混乱の最中だというのに、レイはまるで落ち着きはらって、猫の子でも拾ったかのように湯から掬った体をタオルに包んで丁寧に乾かすものだからハナオは憮然とした。ダイニングの椅子に座らされて、というよりは置かれるようにされて、ほどなく湯気の立ったマグが差し出される。清涼感と苦みのある甘い香り。カモミールだ。姉たちが好むのでいつも自宅にあった。
意外だと思って手元のお茶を見つめているとレイは軽く首を傾げた。
「お前の好みだろう」
身に覚えのない言葉をいぶかしんでハナオの眉間に皺が寄る。
「……ありがとう」
　この状況に疑問は尽きなかったが、温かい飲み物を口にすると気分が少し落ち着いた。お礼の言葉を口にするとレイが少し目を細めた。慈しむような大人びた表情は見慣れない。視線が居たたまれず座ったままハナオは膝をすり合わせる。間に合わせでレイから借りたTシャツはサイズが大きく裾が腿の半ば程までを隠しているが、ボトムはウエストのサイズが合わず身に着けることが出来なかった。やむを得ず履いていない。
「ど、どうしてそんなに見るんだ！」
　自意識過剰だとは思っていても居心地が悪くて、シャツの裾を引っ張りながらそう喚くとレイはゆっくり瞬きした。
「懐かしいから」
　正面から手が伸びてハナオの髪の一束を摘まんでするりと撫でる。きちんと乾いているのか確かめようとしたのかもしれない。顔が近くに降りてきてハナオは、ひぃと悲鳴をあげた。
「近い！近い！何があったんだ、お前の10年に！そんな距離感をとる人間じゃなかっただろう」
いつもであれば、人見知りで他人と関わることが苦手なレイに一方的に付きまとっている形だ。こんな風に距離を詰められることには慣れていなくてどぎまぎしてしまう。恋とも憧れともつかない感情を一方的に抱き続けている相手であるからなおさら…。





＝＝＝＝
「こうなった原因は分からないが、ここへ来る直前の行動を繰り返せば元の場所に戻れるということはないだろうか？」
険しい顔で考え込んでいたハナオが、思いついたという風に顔を上げてそう言いだしたのでレイは意外そうな顔をした。
「戻りたいのか」
　短く問われてハナオが戸惑う。
「そ、それは、そうだろう。家族のことも気がかりだし…ライバルだって私の不在に胸を痛めているはずだ！」
「ライバル……」
　レイが繰り返したので、ハナオはむっと唇を尖らせた。
「なんだ！異論があるか！？」
「そうじゃない」
　レイの手がゆっくりとハナオの頬に伸ばされて、たじろぐハナオの頬を指でつまんだ。からかうように軽く揉み引っ張る。
「ひさしぶりに聞いたな、それ」
「はひほふる！」
　レイの手を振りほどいたハナオが自分の頬を手のひらで擦るのを見てレイは微かに笑った。
「俺はもうしばらくこのままでもいい」


　直前の行動をなぞってみてはと提案したが、そのあとの展開はハナオにとっては予想外のことだった。
「わー！やめろ、脱がすな！」
「同じ状況にならないといけないんだろう」
「しかしこれは、わっ」
臍のあたりからめくって万歳をするように頭から着ているものを脱がされる。
「ほ、本当に一緒に入るのか！？私が！お前と！風呂に！」
一語ずつ口にする度に指をさしながら確認する最中にレイがTシャツを脱いだのでハナオは甲高く悲鳴を上げた。
「脱ぐなー！」
「脱ぐだろ、濡れるから」



ハナオがレイを知ったのは、小学4年の夏休み明けのことで、児童絵画

自分でもどのタイミングで、とは分からないがハナオはレイに恋をしていた。それが成就するものだとは夢にも思ったことはないが。




「寝室が一つだなんて聞いていない！」
部屋の扉の前で両足を踏ん張ってハナオは殆ど悲鳴のような声を上げた。その背中に手を添えて問答無用にレイがハナオを部屋の奥へと押し込む。
「俺もお前も物を溜め込むタイプだから、まともに保てる部屋が少なくて」
　だから必然、こうなったのだとレイはこともなげに説明した。納得がいかないらしいハナオが眉間にぎゅっと皺を寄せて険しい顔をしてみせた。
「待て、この部屋はまともに保てている方なのか？洗濯物が投げっぱなしだ。開けていない封筒が山積みになっている。大事なトロフィーをこんなところに寝かせておくな！」
　目につく部屋の問題点のひとつずつに指を指して怒ってみせるハナオの様子にレイはどこか遠い目をして言った。
「……一緒に暮らし始めたばかりの頃のハナオはそんなだったな」
「懐かしんでいる場合か……うわぁ！」
　ひょいと抱えあげられてベッドの上に転がされてハナオは慌てた声を出した。続けて同じベッドに乗り上げてきたレイが、そのまま腕の中に閉じ込めるようにハナオの体を抱き込んだまま横になる。
「しーっ」
吐息とともに囁かれてハナオは文字通りに固まった。心臓が激しく高鳴り、薄い胸を内側から痛いくらい叩き出す。身じろぎをすると、聞き分けのない子供を咎めるようにますます強く抱き返されてパニックが加速する。
「あまり興奮すると眠れなくなる」
　誰のせいか、と思うがそれを言い返す余裕がない。
とんとんと背中を一定のリズムで叩かれているうちに、うとうととした睡魔が襲ってきた。
赤子でもあるまいし…。
瞼を開けていることが難しく、こわばっていた全身から力が抜ける。目の前の体に無意識に縋り付き返すと、眠りに落ちる狭間の夢か現か定まらない意識の中で、レイの背が丸まって口元にキスを送られた。ような気がした。



 ]]>
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		<title>リクエストされたキャラで死ネタ企画</title>

		<description>むてんFes場外乱闘　にて募集したリクエス…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ むてんFes場外乱闘　にて募集したリクエスト企画『リクエストされたキャラor組み合わせで死ネタを書く』のログです。


————————————————————————————————

<span style="font-weight:bold;"><a name="mokuji">目次(死亡者一覧)</a></span>

1人目…<a href="#1">マカ</a>
2人目…<a href="#2">シュンカ</a>
3人目…<a href="#3">セリオ (※アーサ×セリオ)</a>
4人目…<a href="#4">ユウ</a>
5人目…<a href="#5">シャーシカ (※カックラス×シャーシカ)</a>
6人目…<a href="#6">グランキオの母(※ テツジン×アスタル)</a>
7人目…<a href="#7">アスタル (※テツジン×アスタル)</a>


<a name="1"><span style="font-weight:bold;font-size:medium;">マカ</span></a>

天蓋付きの広いベッドはスポンジケーキのようにふかふかで、それを飾りつけるみたいにシーツの上は美しい玩具で溢れている。音楽に合わせてゆっくりとバレリーナの人形が踊るオルゴール。本物みたいに喉を鳴らすことのできる、エメラルドの目をもつ猫のぬいぐるみ。金の鳥籠の中にはネジ巻き式の小鳥が歌い、ベッドの周りを行進するブリキの人形の心臓はダイヤモンドでできている。リボンとレースをふんだんに使った世界一贅沢なドレスを身に纏うわたしは、ベッドの真ん中でママの腕に抱かれながらうっとりとこの景色を眺めている。
ママはいつでもわたしのそばに居て、夢を見るとき以外、片時もわたしから離れようとしないから幸せだった。

わたしの名前はマカ・ニカ。ママはこのおもちゃの国、ホワイトイの女王さま。
こんこん、と控えめにノックの音がして、「女王さま」と囁く声がした。ママはいつでも眠そうで、ボーッとした目をして返事もしない。呼吸の音がゆっくりで単調だから多分本当に眠ってしまったんだろう。扉の外には複数の人の気配がして、しばらく様子を伺うようだったけれど、やがて応えがないのは分かっていたみたいな態度でぞろぞろと勝手に部屋に入ってきた。揃いの制服を身につけているので一目でこの城のメイドたちだとわかる。
「お休みになられてる？ 」
「そのようで」
「じゃあ始めましょう。静かに、それにすばやくね」
ヒソヒソと囁き合う声。わずかに目配せをすると彼女たちは目まぐるしく働き始めた。窓を開けて外の空気を取り込み、汚れた食器を下げて、身だしなみを整えるために新しい着替えと櫛や鏡、装飾品を用意する。
メイドのひとりがわたしをそっと抱き上げた。スカートの裾が重たく揺れる。幾重にもレースが重なって膨らむスカートには星を砕いてまぶしたみたいに宝石のかけらが縫い付けられている。多分彼女は、それを見て堪りかねたみたいだった。吐き出すように声を上げる。
「ああ、それにしたって勿体無い！ 」
ハッと息を呑む気配があって、その場にいる全員が鋭く彼女を振り返った。その視線に気づいてないのか気にしないのか、やりきれないみたいな顔をして、メイドは構わず言葉を続ける。
「マカ王女が身罷られてから、女王さまは堕落してしまったのだわ。……こんなおもちゃを王女さまなんて」
衣擦れのような音が細く鋭く鳴って、誰かがその先の言葉をかき消した。唇の隙間から細く息を吐いた『しぃーっ』という発話をとがめるための音。言葉を使わなくてもこんな風にはっきりと怒りや怯えを表すことができるなんて人間は本当に器用で表現力に優れている。

水を打ったようにあたりは鎮まり帰った。メイドたちは何か恐ろしいものに触れたみたいに互いの顔を見合わせていたけれど、やがて勇気を取り戻したようで、その後は押し黙って私の着替えに取り掛かり始めた。
髪をとかして大きなリボンを結びなおす。金の糸で刺繍を入れた美しい髪飾り。それにママがわたしのために用意したレースとフリルでいっぱいのドレス。元々貧しかったこの国が簡単に傾いてしまうくらい豪華で贅沢な服飾品。雲のようなふかふかのベッドの上で、ママは一日中わたしを抱きしめてどこにもいかない。何かを後悔するかのように。埋め合わせをするかのように。ここにいない誰かのために。
わたしはホワイトイの王女さま、マカ・ニカ。ママが作ったおもちゃの国のぬいぐるみのお姫さま。
同じ名前の人間の女の子がその昔、この国にはいたらしいの。

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<a name="2"><span style="font-weight:bold;font-size:medium;">シュンカ</span></a>

　本から届いた封筒を開き時間をかけてその中身を把握したシラットは「それじゃあ、シュンカは帰ってくるんだな」と思った。
どうせならもう少し早く戻ってくればよかったのに、そんなことを考えながら、とうに梱包を済ませあとは発送を待つばかりの荷物の山を振り返る。
「……すっかり無駄になってしまったな」
恨めしいような独り言は別に誰に聞かせようとしたものでもない。荷物の大半は日本で輸入雑貨店を営むパヤットの買い付け品だったが、そのなかにいくらか、個人的な贈り物としてシュンカのために包んだ品を紛れ込ませている。遠い異国の地で働く幼馴染が祖国の味を恋しがるかもしれないと思ったのだ。あえて贈答用の高価なものではなく日常的に親しみのある紅茶や煙草の葉をシラットは彼……いや彼女のために送っていた。

　信仰上の問題のために、すでに成人しているシュンカが自分の生まれた国で女性の服を着て過ごすことは難しい。パヤットがシュンカを日本に連れていくと言ったとき、寂しいというよりは、よかったと思ったのはそのせいだ。シュンカの家族は彼女が十歳の時に、彼女を矯正することが難しいことを悟り、その背をひどく鞭で殴りつけ、気を失った彼女を山に捨てた。異国から流れ着いたパヤットが偶然シュンカを拾っていなければ、彼女は大人になることはなかっただろう。以来、家族の縁は切れている。故郷が恋しくても彼女に祖国の品を送ってやれるのはシラットしかいない。
「日本は自由で寛大な国だって思うの」
たまにビデオ通話で言葉を交わすシュンカは元気そうで、楽しく暮らせているようだった。誰も私をおかしいみたいに扱わないわ。……だったらどうして、こんなことになったのか。

シュンカが死んだと聞いたのは先日のことだ。事故で？病気で？現実を受け入れられないシラットが、パヤットを問い詰めるとパヤットはひどく言葉に迷った様子で「逆恨みのようなもので」とだけ答えた。他殺だったらしい。
それ以上の情報をパヤットが頑なに答えようとしなかったので、シラットは何かがおかしいと気がついた。それで密かに日本から情報を取り寄せたのだ。シュンカが死んだ日の、前後数日間の新聞と週刊誌を可能な限り。シュンカを殺した犯人は店を訪れた客のひとりだったらしい。店番をする彼女に目をつけた加害者は乱暴目的で彼女の帰宅の後をつけ部屋に押し入ったが、そこで自分の思い違いに気がつくと逆上して彼女を殴り殺したということだ。
言葉の意味を調べながら苦労して読み解いた日本の週刊誌は、ひとりの尊厳ある人間の命が奪われたということよりも、女装癖の男性がその正体がバレたために殺されたということを面白がるかのような書き方で、犯人が侮辱的な方法でシュンカの体を害したということまで記されていた。

そこまで読むとシラットはうめき声をあげてその週刊誌のページを握りつぶした。そうして長いこと顔を上げることができなかった。もっと早く帰ればよかったのに。どこへ行っても同じなら、こんな仕打ちを受けるくらいだったら。
故郷に帰っても迎え入れてくれる家族を持たないシュンカの遺体は、明日シラットの元に戻ってくる。

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<a name="3"><span style="font-weight:bold;font-size:medium;">セリオ</span></a>

　際の席に座って真剣な顔でセリオが何かノートに書きつけている。他のことで彼が机に向かうなんて槍が降ってもあり得ないからきっとレシピの研究だろう。普段は何かとやかましく子供のように落ち着きのない彼も、料理のことを考えるときだけは繊細で気難しい芸術家の顔をする。
「なあ、月替わりで出すハンバーグ、ソースはトマトとデミグラスどっちがいいと思う？」
趣味と仕事の境界が曖昧なのは、彼の姉であるリオラさんとあまり変わらない。定休日だというのに厨房に入り浸り、試作したソースの味に首を捻ったり、何種類もスパイスを並べて嗅いでみたり、しきりにメモを取ったりするうちに、そしてそんな彼を僕が眺めているうちに、あたりはすっかり陽が落ちて夕焼けが彼の赤毛をますます鮮やかに染めている。オレンジを帯びた輝くような赤い色。
「うーん、僕はやっぱりトマトかな」
彼の悩みを一緒に考えようと向かい側から近づいてノートを覗き込もうとした僕は、セリオが不意に顔を上げたことでフリーズした。思いがけず距離を詰めてしまったせいで驚いて、夕日を反射した目があんまり綺麗だったせいで、僕が密かにセリオのことを好きだったせいで―。体が強張ったのと一緒に脳みその方も固まってしまったらしい。僕は思わず彼に口付けてしまった。驚きに丸くした目。
は？と疑問を声にしたセリオの息が唇に当たる。
「……なんで？ 」
「えっと……赤い色が、好きだから？ 」
「なんでトマトソースなのかは聞いてねー」
ちょっと不機嫌そうに唇を尖らせるセリオは、眉間をきゅっと寄せて僕を見た。
「俺は相手に確認なくそういうことすんの、痴漢だと思ってる」
もっともだ。セリオの指摘に僕はすっかり胃が冷えて、ヒュッ、とかヒョエのような悲鳴をあげた。
「ご、ご、ごめん、セリオ。本当に……」
「俺のことが好きなのか？」
テーブルに両手を付いて立ち上がったセリオは、ずいと僕の前に足を踏み出し、至近距離から睨むみたいに顔を見上げる。成人しても子供っぽい顔立ちだからそんなふうにしても少しも迫力は出ないのだけど、今この場で僕を震え上がらせるには効果的だ。僕は両手を胸の前に組み、もはや拝むように必死にそれに頷く。するとセリオはつま先で伸び上がって、僕の唇にちょこんと唇を押し当てたから僕の世界はいよいよ静止した。
「俺は、ちゃんと確認とったからな」
いたずらっぽいにやり顔。僕はへなへなと腰を抜かした。


　翌朝の市場の美しいこと。
新作レシピの研究に付き合ったら許してやると言われて、僕はへらへらと彼の買い物に付き添った。実質にはこれが最初のデートだと理解している。
「目利きは任せてよ」
美しいものを鑑別するのには自信があるんだ。僕が熱っぽく彼を見てそう言ったのにセリオはちっともピント来ていないようで、呑気な顔をしている。
「あーお前、鼻がいいもんな」
傷みにくいものから手に入れたいから初めにハーブと香辛料を買い付けて、その次は野菜、ひき肉は最後になるだろう。
「やっぱ、トマト？」
輝くような赤い色を手に取って、セリオが僕を振り返った。その問いかけに答えようとした刹那だ。市場の人群の向こうから悲鳴が上がった。焦げた車のタイヤの臭い。目の前で高く跳ねあげられたセリオの小柄な体躯。暴走するトラックが市場に突っ込んだのだということは、あとで新聞を見てから理解したことだ。
全部がスローモーションのようだった。空中に放り出されて、一瞬静止したみたいに見えるセリオが、転げていく野菜を目で追って、それから気の毒そうな目で僕を見た。多分同じことを考えたんだろう。揃ったな。ハーブと香辛料、熟れた赤いトマトと、ひき肉。きっとこの後の光景は僕のトラウマになる。僕はへなへなと腰を抜かした。
多分僕はもう一生、トマトソースのハンバーグを食べられそうにない。

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<a name="4"><span style="font-weight:bold;font-size:medium;">ユウ</span></a>

　揺れる車の後部座席でダンボールにまとめたキャンプ用の鍋やヤカンがぶつかり合い、ガチャガチャとむなしく音を立てている。夏休みシーズンも終わって需要が減ったんだろう、特に知識も下調べもなく立ち寄ったホームセンターでそれらしいものを思ったより手頃な価格で集められた。とはいえ俺はその使い方をろくに知らない。知らなくても別に問題じゃない、と知っていることが俺に器具の触れ合う音を余計に空虚に聞かせた。車は人気のない山道をずっと進んでいて、音楽もかけていないからステンレスがぶつかり合う音はずっと聞こえ続けている。
「ねぇ、『ユウくん』でいいんだっけ？」

　ダンボールの箱を間に挟んで隣のシートに座る女の子が可笑しそうに俺に向かってそう言った。実のところ彼女とは初対面だ。いや、正確にはこうして顔を合わせるのは今日が初めてというだけで、ＳＮＳを通しては何度かやり取りをしたことがある。プロフに大学生だと書いていたのが本当なら、年は俺と同じくらいのはずだった。顔はそこそこ可愛いと思う。けど格別目立つってわけじゃない。俺の通う学校でだっていくらでも見かけるような、どこにでもいる普通の子。明るい茶色の髪の毛を鎖骨あたりで切り揃えている。彼女が着ているスモックみたいな形の白いブラウスは先の方に向かって袖が広がっているデザインで、手首の内側に引っ掻いたみたいな細い傷が何本も敷き詰められているのが見えた。普段から自分で写真に撮っては画像を投稿しているのを見ていたから、今更別に驚きはない。
「ユウくん……ってさ、普通っぽい名前。もしかして本名でしょ？」
くすくすと笑い声をあげる彼女は自分を「ルナ」と名乗っていた。都会の子は名前まで垢抜けているなと思っていたが、揶揄うように目を細める彼女の態度を見て、俺はこういうとこで本名を使うやつは珍しいのだと気付き頬が熱くなった。動揺したのを気づかれないように精一杯の去勢でなんとか笑い顔を作る。

「まさか」
あり得ないって。冷や汗をかく顔を手のひらで仰ぎながら俺はまた、他人に合わせているなと気がついた。いつもそうだ。
子供のころからの悪癖で、俺は他人に影響されやすく、流されやすくて、一度勢いに押されたらもう自分の意思でそこから降りることができなかった。キャンプセットを一緒に買うことで行楽に向かうように偽装した、練炭をしこたま積んだこの車を降りられないのもそう。
俺の隣ではしゃぐ彼女は自殺企図を繰り返しては、ＳＮＳを定期的に炎上させている人物だ。何度か通報沙汰にもなったらしく、その度に拡散されるせいで俺も目にする機会があった。最初の感想は、『個性的』だなというものだった。多分ちょっと文才とか、パフォーマンスの才能があるんだろう、厭世的で独特な世界観を持つ彼女の言動は、凡庸な俺にはちょっと格好よく見えたりもしたんだ。俺は自分ってもんがないから、過激なものにすぐ影響される。まんまと感化された俺は、世の中に対して別に絶望もしてないのに、悲観的な歌に浸ってみたり、うわべだけ真似して彼女に同調してみせたりして、そうこうするうちに彼女と親しくなった。「わかってる」なんて褒められる度に調子に乗って、彼女が好みそうな台詞をなぞるうちに、それが本当に自分の考えだって思うようになっていた。だからある日「仲間を集めて一緒に死のう」そんなことを言われて同意したんだ。
そこから先は流れるままだ。いつの間にか俺は彼女が呼んだ知らない男の運転する車に乗って、練炭を購入する割り勘に加わり財布を出して、使いもしないキャンプセットの隣でガタガタと揺れている。いまさらになって我に返った。俺はどうしようもなく後悔していた。
無理して特別な何かになろうとして失敗して―、なんだかこんな後悔を子供の頃にしたような気がする。

　こういうのも走馬灯というものだろうか。あれは小学生の頃の記憶。俺は無個性な自分をやめたくて、無理して悪ぶろうとした挙句に盛大にスベって失敗し、とぼとぼと背中を丸めて家までの道を歩いていた。隣を誰かが歩いている。赤いランドセルを覚えているから女の子だ。低い身長、冴えない一つ結びの髪型。顔の印象はほとんど残っていない。だけど心配そうに俺に向けられた目と、台詞だけ不意にはっきり脳裏に蘇った。
「ユウくんは、そのままで十分、いいと思うけどな」
じわっと頬が熱くなる。俺はどうして忘れていたんだろう。あんなに嬉しかったのに。あの言葉を大事にできてたら俺は今、渡されたガムテープで自ら窓の隙間を塞ぐなんてこと、しないで済んだのかもしれなかったな。

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<a name="5"><span style="font-weight:bold;font-size:medium;">シャーシカ (※カックラス×シャーシカ)</span></a>


　完璧な頃のあなただったら、こんな私を見た時の最初の一言はもっと緊迫感のある雰囲気で、ロマンチックに必死に私の名前を呼んだんでしょうね。
「え」
月から落ちて粉々になった私を前に、カックラスが最初に言った台詞がそれだった。
「え、シャーシカ。死ぬの？」
ねぇ。やめてよ、それ。おかしくて笑っちゃうから。頭の悪い犬みたいに不安げに私の周りを歩き回るカックラスを見たら面白くて、だけど腹筋が揺れると振動で体のあちこちが響くから痛くてしょうがない。服を汚したくないのに、咽せて口から血が溢れる。カックラスはオロオロしながらそのうち私の横に膝をつくと、指先でちょんと私の服を引っ張って、捲れてしまった袖から手首が見えないように直してくれた。そう、あなたにはデリカシーがあるのね。大事な記憶や、人格の一部が失われても。
私たちの頭のツノは記憶の塊そのもので、欠けてしまうと簡単には元に戻らない。昔のことを思い出せないだけじゃない。記憶や経験の積み重ねがその人らしさを形成するものだとしたら、それを失うことはそのまま人格の欠損に繋がる。人間界に来るときに、ツノの大部分を破損したカックラスは元はすごく優秀で私の完璧な従者だったのに、今は人懐っこい可愛い犬ぐらいの知性しか感じない。
「ねぇ……、私の、私のツノはちゃんとある？」
体を酷く打ったから、全身の骨が砕けて腕を持ち上げることも困難で、自分で触ってそれが無事であるかを確かめることすらできない。私の言葉にカックラスはうるさいぐらい大きな声で「ある！」って叫び返した。
「ある、ちゃんとあるぞ。あるから、大丈夫だからな！シャーシカ！」

　私を励まそうとしているみたい。力強く何度も繰り返す声に迷いがないから、私は彼が嘘をついてないのがわかってホッとした。
「そう。じゃあ、折って」
「え」
　それ、二回目。私は全身の骨が砕けて死ぬんじゃなくてあなたに笑い殺されるんじゃないかしら。溢れる血が喉を塞いで苦しかったけど、おバカな従者に分かるように説明してあげる。
「あのね、私の髪と輝石でツノを繋いで……あなたの欠けを埋めてほしいの。」
私たちのツノは記憶の塊そのものだから。完璧で素晴らしかったあなたの記憶は、私のここに全部ある。きっとこれで完璧だった頃のあなたに戻れるでしょう。
「あげる、わ。全部……ね。」
シレンは消えるとき、勇者に消えない呪いを残す。まだ候補でしかない私は、そうね。あなたに「完全」を残すことにするわ。

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<a name="6"><span style="font-weight:bold;font-size:medium;">グランキオの母(※ テツジン×アスタル)</span></a>

 誰かが死んだらしい」ってのは、ここじゃあまりに聞き飽きた話だったから俺は最初それを適当に聞き流そうとして、それから聞き捨てならない言葉が出てきたことに驚いて思わずそいつの言葉を聞き返した。
「悪ぃ、今なんて言った？」
「だから、死んだんだ。毒食わされて。『テツジン初号の母親』にさ」
正確には殺されたってことらしい兵士のことは、名前を聞いてもあまりピンとこなかった。聞き覚えくらいはあったけど、あぁそういえば居たな、って思うだけで。そのくらい全く、俺にとっては取るに足らないヤツ。ただ「テツジン」って名前の方には俺は強い関心があった。この戦場最悪の殺人ロボ、機械兵テツジン初号。そいつの「母親」の話ときたら興味がわかないって方が嘘だ。

「テツジン初号の母親」というのは、俺たちの過ごすキャンプで今もっとも人気のある噂話のテーマだ。
ことは数日前に遡る。「テツジン初号」は戦場で自分のことを息子と呼ぶ老婆と遭遇した。敵さんの国の一般市民で、ほとんどの住民が逃げ出した後の無人に近い街のボロ屋にひとりで住んでいたらしい。目が見えなかったそうだ。その婆は自分を殺すために家に押し入ってきたテツジンの声を聞くと「その声はグランキオじゃないか」、そう言って、私の息子と呼び抱きしめたという。
俺はその話を直接テツジンから聞いて、噴飯ものだと笑ったもんだ。テツジンってのは、戦闘用人型ロボット兵だ。自律思考型で流暢に喋る、とはいえまるで機械丸出しのアイツの声は時報を告げる合成音声のように無機質で、息子どころか到底人間と間違えようわけがないからだ。それで俺は思った。多分、ボケてるんだろうな。その母親とやらは。

 その後のテツジンがその可哀想な「母親」に勧められるままに食事をとり、その際に「今までにない感覚を得た」という体験談は感傷的な感動を呼び、俺たちの部隊でちょっとした話題になった。
母の手作りの料理を通して、機械の体に込み上げる熱のような、締め付ける痛みのようなものが発生して胸を満たした。老婆はそれをまごころと言ったのだと、テツジンはそう語った。
それで誰だっけか。元の話に戻るが、その婆に殺されたってやつのことだ。テツジンの持ち帰った話を面白がったそいつは、自分も「母親」にまごころの味を振る舞ってもらいたいって、出かけて行った。噂の家に。テツジンがはじめて上からの命令を無視して、人殺しをしないで帰ってきたっていう盲目の老婆の住む家だ。話によればそいつはまんまと母親に飯を奢らせることに成功したらしい。
「帰ってきたんだね。グランキオ」
老婆はやはりそう言って、自分を抱きしめて夕食を食わせてくれたと戻ってきた兵士は得意げに周りに吹聴した。そしてその晩には嘔吐と下痢を繰り返しながら長い時間苦しんで死んだそうだ。例の老婆は惚けたふりをして、憎い兵士を油断させ、まんまと毒を食らわせたっていう訳だ。これが「テツジン初号の母親に毒を食わされて死んだ」つー兵士の話の全容だった。
 
 俺たちに対する復讐なのかもな。平和な日々を壊されたことに対してか、あるいは本当にいたそいつの息子が、俺たちのうちの誰かに殺されちまったのか。蓋を開けてみればなんのことはねぇ、テツジンが感じたのは生まれてはじめて食らった毒物に対する機体の異常反応だったんだろう。そう考えたら目が見えないってのだけは本当だな。テツジンの姿が見えていれば、こんな鉄で覆われた機械の体が毒なんかで死ぬわけねーってすぐに予想がついたはずだ。

「そんで、その婆はどうした？」
俺が気になってそう訊ねると、この話を持ってきた兵士はグッと拳を握って怒りを隠しきれないみたいな表情をした。
「もちろん探し出して殺したさ。簡単にじゃない。数人で出かけていって、まだボケたふりしてシラを切ろうとするそいつを床に引き摺り倒して、蹴って踏んで、動かなくなるまで痛めつけてやった。人の純粋な心の感動を殺人に利用するなんて、吐き気のする悪意だろ？」
俺はオチを聞いて大いに笑った。よくやったな、俺も誘ってくれりゃよかったのに。そう言って肩を叩いて労ってやった。本心だった。ただ「騙しやがって」とか「感動して損した」とかいうよりは、「アイツに変なこと教えやがって」という怒りから同調したってとこだけが他の奴らとは違ってたかもしれない。

 テツジンの母親に関する話はこれで終わりで、みんなスッキリしてめでたし、めでたし……と思ったら、その後もしっかり余波があって、俺は頭を抱え込んだ。
「アスタル、もしよければこちらに来て座ってくれませんか」
ある日唐突にテツジンからそんな風に丁寧な招待を受けた。「母親」の悪い影響だろう。呆れた話だがテツジンは、まごころ料理に目覚めたらしい。鍋を掛けた焚き火の前に俺を座らせると悪戦苦闘の末、どうにかこうにか俺に一杯の椀を差し出した。生煮えの草の根っこが浮いた、飯とも言えないクソみたいなスープ。プログラムにはない、覚えたての言葉を辿々しく口にする。
「どうぞ、冷めないうちに召し上がれ」
多分、婆の真似なんだろう。玩具の見様見真似に感情なんざあるわけないが、その台詞はまるで俺に特別な感情があるかのように聞こえる。それでつい、たじろいだ。もしかしたらこいつは本当に、まごころとやらを手に入れて、人間みたいな感情を持つようになったんじゃないか……。
忌々しい婆だった。おっ死んじまってからもこうして、悪さを仕掛けるんだからな。俺はこのとき本当はテツジンに話そうとしていたんだ。「お前が母親のまごころだって思った熱はさ、俺たちを殺したいほど憎んでる婆がスープに仕込んだ猛毒だったんだぜ」

 だけどテツジンがそのとき婆の真似をして、それがまるで心があるみたいに見えたから、俺は間抜けなことにこう思い込んだ。本当のことを聞いたらテツジンは傷つくかもしれないな。
それで老婆の嘘のことは飲み込んだ。
『まごころをもっと深く知りたい』、とあいつが俺の前から去ったのはそのあとすぐのことだった。こんなことならバラしてやればよかった、俺は怒りと後悔で叫び声を上げながら、テツジンが作っていったらしい婆の墓を踏み荒らし、墓標を蹴り付け、供えられた花を泥に叩きつけたが、そうしたところでもう二度とテツジンは戦場に戻らなかった。


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<a name="7"><span style="font-weight:bold;font-size:medium;">アスタル (※テツジン×アスタル)</span></a>


 神経を酷く損傷したのでアスタル・テイムは腰から下の感覚と両手の握力を失った。不良品と化した彼を本国へ送り返す船が到着するまでの間、彼にあてがわれた木製の車椅子はそもそもに重たく、アスタルはそれを自分で動かすことができない。障害を負った兵士の補助器具としてというよりは、邪魔なものを置いておく場所が他にないからというように、アスタルは重たい椅子と一緒にキャンプの隅に放置されていた。
「よぉ、テツジン。ちょうどよかった。押してくれ」
行き交う兵士たちから無視され、もはや動くことのない自分の両腿をじっと見下ろしていたアスタルは、それでも私が近づいてきたことに気づくと顔を上げて笑顔を見せた。笑うと犬歯が目立つ口元、普段は色の濃い防砂塵のサングラスをして険しく眉を寄せていることが多いから、こんな風に気さくな表情を浮かべるとき、彼がまだ十分年若いことに気付かされハッとさせられる。日差しがジリジリと彼の首を焼いている。いつからこの場所に居たのかは知らないが、襟元はびっしょりと汗に濡れて色が濃く、うなじの一部が軽い火傷のように赤く引き連れているのが見てとれた。日の位置に合わせて居場所を変えられないのは辛いだろう。私はひとつ頷いて、彼の車椅子の背中に回り、手押しハンドルをしっかり握った。
アスタルは教育を受けていないため決して学があるというわけではなかったが、よく機転が効く方だった。持ち前の身体能力の高さはもちろんのこと、その頭の柔軟さも彼の生存率を高めるのに大きな意義があっただろう。
作りが安っぽいためにすぐに加熱して命中精度の下がるアサルトライフルの扱いが私はどうも苦手だったが、アスタルは文句も言わずに上手にそれを使いこなした。私が苦戦して不平を漏らすのを聞くと、彼はサングラスの奥で目を細め「バカだな」と言ってよく私を揶揄った。
「こういうもんは最初から、ポンコツさも勘定に入れて使うんだよ」
そういう器用さと要領の良さがアスタルにはある。

けれどいくら彼が優れた兵士であろうと、またいくら悪運が強く生き汚い根性があろうと、最前線に立ち続ける限り、生活基盤を他に持てない身の上の限り、いつまでも無事でい続けることは不可能だ。とうとう復帰不能の負傷を抱えたアスタルは戦闘員の任を解かれたが、そうしたところでこれから身を立てる方法も彼を世話してくれるような身寄りもなく、故郷に戻されたところでどうせ飢餓や衰弱で死ぬのが目に見えていた。
「ひょっとして、殺されたいと思っているのではないですか？ 」
彼の車椅子を押しながら、これらの現実と彼の気性を計算に入れて私が導き出した答えを先回りして彼に指摘するとアスタル・テイムは驚いたように目を瞬いた後、ニヤリと口の端を歪めて肯定した。
「できればお前の手でな」
やはり、と思って私は深く項垂れる。

「残念ながら、アスタル。私には安全装置がありますから、味方の兵士を害するような命令を聞けないようになっている。」
期待に応えられないことを申し訳ないと示すため、私がゆっくり首を横に振るとアスタルは意外にも気を落とす素振りを見せず、ケタケタと声を立てて車椅子のアームレストを叩いた。
「ばっかだね、お前」
「と、いうと」
「こういうのはポンコツさも勘定のうちだって」
前方から涼しい風が吹いてアスタル・テイムは鼻をくんと鳴らした。僅かに海水の飛沫を含んでいる。汐風だ。少しでもアスタルが快適になる場所を探して気温が低い方へと歩いていたから、海に近づいていたのだろう。この辺りは高地で、打ち付ける波が陸の下部を削るために岬は切り立ったような海食崖になっている。
アスタルは甘えるように首を傾けて、私を下から見上げるとすうっと細く目を細めた。

「押してくれ」
私は感嘆して頷いた。私の融通の効かなさをポンコツと称するなら、それを計算に含めた良い答えだ。
「なるほど、それなら私にも実行可能です」
向かうのは細い崖の端。その先に海が広がっている。


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お読みいただきありがとうございました。
BOOTHにて頒布しておりますリクエスト死ネタ再録集『Vanitas』では、これ以前のリクエスト企画で書いた「メル」「アゾット」「トゥナ」「チア」をメインにした話のほか、
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		</content:encoded>
		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2024-01-21T00:40:06+09:00</dc:date>
		<dc:creator></dc:creator>
		<dc:publisher>WOX</dc:publisher>
	</item>
	<item rdf:about="https://ktmrmugoi.web.wox.cc/novel/entry64.html">
		<link>https://ktmrmugoi.web.wox.cc/novel/entry64.html</link>
		
				
		<title>指に火を灯す</title>

		<description>雪が降っていた。ゴミ捨て場で拾ったサイ…</description>
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			<![CDATA[ 雪が降っていた。ゴミ捨て場で拾ったサイズの合わない革靴は長いこと雪の上を歩き回ったせいですっかり水を含んで、ひと足踏むごとにぎゅぽぎゅぽと不快な音を立てていた。アスタルはちょっと立ち止まって、自分には大きすぎるその靴の中で足の指を丸めたり伸ばしたりした。あまりに冷え切ってしまったせいだろう、指先の感覚は鈍くなっている。このままだと指が落ちてしまうかもしれない。湿って色の濃くなった革靴を見下ろしながらアスタルはそんな風に考えた。路地に毛布を敷いて暮らしているホームレスの真っ黒に汚れた裸足の指が、凍傷で欠けているのはもう何度も目にしている。アスタルは心配なように爪先をぶらぶらさせて水気を振った。重くなった革靴がぼとりと地面に落ちる。霜焼けになった指は真っ赤だった。とにかく一度、びしょ濡れの地面から足を離しておいた方がよさそうだ。それでアスタルは大通りを歩き回るのをやめて一休みするために奥まった路地の先に入っていった。

アスタルはこの辺りで暮らす浮浪児だ。自分がどこから来て、いつからここにいるのかは覚えていない。物心ついたときにはもう路地裏で屋外用のゴミ箱に頭と両腕を突っ込んで残飯をあさっていたのである。ただ売春宿の多い辺りに住み着いていたから、アスタルを見る誰しもが『お前は売春婦の息子だ』と口にした。アスタル自身もそれはまぁ事実なのだろうと思っている。そのせいと言ったらおかしいかもしれないが、体を売ることにはあまり抵抗がなかった。特にこんな風に寒くて酷くひもじいようなときには尚更―。


「客を探しているかい？」

路地の奥の突き当り、ゴミを溜める大きな四角いコンテナの蓋に座って靴を脱いだアスタルがびしょ濡れの足を乾かしていると、そんな風に声をかけてくる男がいた。アスタルは出会い頭に野良猫がそうするようにぴたりと動きを止めて、注意深く相手を見返した。茶色い丈の長いコート、首にチェックの模様の入ったマフラーをして、銀縁の眼鏡をかけている。特別金持ち風というわけではないが服装に荒れたところもなく、今すぐ何か乱暴をしてくる類の人間には見えないようだ。それで少し緊張を解き、ゆっくり瞬きする。
「なに、買ってくれんの」
アスタルの反応を見て、男は少しにっこりした。目の前の子どもが自分の思った通り「そういうこと」を売っている相手であると分かり満足した風だ。うん、と一つ頷くとゆっくりとした動きで近づいてアスタルの目の前で立ち止まる。そうして商品の品定めをするように頭からつま先までを見下ろすと、容姿が気に入ったか今一度深く頷いてからこう言った。
「いいね、君の身体ならぜひ買わせてもらうよ。ただ私の好みは独特で、セックスは要らないんだ。別なものを売ってほしい」
「別なものって？」
　思いがけない言葉にアスタルが怪訝な顔で見上げると、男はコートのポケットから手を出して鈍い銀色をした器具を取り出して見せた。小型のペンチかなにかのようである。
「君の指を三本ほど折らせてくれないか」


今夜は大晦日だった。身寄りのないアスタルだって、こんな日には大概の人間は家族で暖かな食卓を囲んで過ごすものだと知っていたし、それに酷く寒く雪まで降ってきたせいで余計に町に人影はない。先ほどまでアスタルが町を彷徨い続けていたのは実のところ自分を宿に連れ込んでくれる人間を探して手当たり次第に声をかけるためだったのだが、結局、誰も捕まえることができずにこんなゴミ箱の上で霜焼けの足をさすっている。それだからアスタルは少し考えたのだ。きっと今日という日にはもう路上で浮浪児の体を買おうなんて人間は他に表れないだろうし、このまま外をさ迷っていたら指が取れてしまうどころか、悪くすれば凍えて死んでしまうだろう。アスタルは慎重に相手を窺った。
「そしたらアンタは何をくれる？」
「袋いっぱいの銀貨をあげるよ。そしたら君は何日も食事に困らないし、宿をとって安全な場所で傷を癒すといい」
今が最悪の窮状だと考えるなら、それはまぁ悪くない取引のように思えた。


さて、それでアスタルが覚悟を決めて頷くと、男はすっかり機嫌をよくしてアスタルの手をうやうやしく握ると小指の爪の先に唇をつけた。吐息のあたる感触に嫌そうにアスタルが眉を顰めたが、それ以外は動じず事の成り行きを見守っている。男はプレゼントでも包むような繊細な手つきでアスタルの指に小さな木の板を添えると、二枚で挟むようにしそれを布きれでくるくると巻いて固定した。指のような細くて円柱型をしたものは、そうしないと滑ってしまって力を入れて挟むのが難しいらしい。
「まずは一本」
爪を手入れするような何気ない手つきだった。指の付け根を押す圧力に顔を顰めた刹那、ぼきん、という音が響いて、アスタルは一瞬頭が真っ白になった。咄嗟に息が止まったため、かえって悲鳴は上がらない。一瞬の雷に打たれたような感覚、それからそれが痛みであると頭が追いつきはじめたように、脈を打つのと同じリズムで熱を伴った苦痛が押し寄せてくる。涙の膜が眼球を覆い、額に汗が噴き出た。苦痛に肩が丸まり、奥歯を嚙みしめても唸り声が零れる。
「ゔ、ゔぅうぅ～っ」
「よしよし、いい子だ。ご褒美をあげよう」
涙が張った目で見上げると、男はポケットから赤いキャンディーを取り出して指で摘まみアスタルの口に放り込んだ。焼けつくような痛みのなかにあっても、滅多に口にしたことが無い砂糖菓子は甘美で口の中に唾液が一気に溢れる。
「一時的にだが、痛み止めの効果がある。君が最後まで頑張れるようにね」

男の言う通りキャンディーには不思議な効果があり、体を丸めて荒い息を吐いていたアスタルはそのうちに痛みの感覚がどこか遠くなっていくのを感じた。肌を刺すような寒さもやわらぎ、頭がぼーっとするようである。ふと気が付くと、アスタルは自分が暖かな暖炉の前に座っていることに気がついた。すぐ横には背の低い木製のテーブルがあり、その上にはカゴに盛られた焼きたてのパンが置かれている。ぼんやりとした意識のままそれに手を伸ばす。他人の食べかけでないパンを口にしたことはなかった。いつだったか店に並ぶそれを盗もうとして捕まり酷い折檻を受けたのだ。手首を掴まれかまどの前まで引きずっていかれた。それから熱い鉄扉に手を押し付けられて、しばらくは泣きながら火傷の痛みを冷たいコンクリートの地面で癒して過ごす羽目になった。アスタルはそれ以来盗みをしていない。肉の焼ける匂いと一緒に空腹を思い出す……。
パチッとなにか音がしてアスタルは我に返った。頬がじんじんと熱く痺れているのは打たれたらしい。わけが分からず瞬きを繰り返す。男は変わらず穏やかそうな笑顔を浮かべてこちらを見ている。アスタルを正気に返すために手を上げたことなど、どうとも思っていないようだった。急に耐え難いほどの寒さが戻ってきて、アスタルはぶるりと身震いした。
「なにか見えたかな？」
「パン……」
　夢から覚めたショックとひもじさから、自分が思っていたより頼りない声を出したことが悔しくてアスタルはぎゅっと唇を噛んだ。男は驚いたように目を瞬いたあと、可笑しそうに含み笑いをする。
「パン？ ……パンの夢を見たのかい？ 君は随分とささやかで、いじらしいね。」
そうからかってアスタルの耳たぶを噛む。ぞわっと背筋に走る寒気に忘れかけていた痛みがぶり返しアスタルは小さく呻いた。
「うっ」
「キャンディーの効果はもう終わりかな」

折れた指に巻き付けていた板きれと布を外して、男はそれを今度は丁寧に隣の指に巻き直しはじめた。圧迫が外れて血が通うようになると、折れた指は余計にズキズキと疼いて熱と痛みが強くなる。それにさっきから酷い吐き気と倦怠感に襲われている。お腹が空きすぎたせいかもしれない。喉が不自然に乾いている。飴が欲しい、とアスタルは思った。
「かわいい指だ」
下準備を終えるとまだ真っすぐ伸びている細い指を握って、愛おしそうに男が揺らした。折れた骨に響いてアスタルが悲鳴をあげる。
「い、痛いっ、痛い」
「よしよし、喚かなくていい。すぐに済む」
銀のペンチが指を食み、冷たい空気に乾いた木が裂けるような音が響いた。あっ、と声を上げて開いたアスタルの口に二つ目のキャンディーが押し込められる。さっきのものよりずっと甘い。唇を割って入る湿っぽい指の感触を不快に思ったのもつかの間だった。再び痛みや寒さが遠のいて頭のなかに霞がかかり、意識が曖昧になっていく。また夢のなかだ。アスタルは再び暖炉の前にいた。明るいオレンジ色の光が薪を燃やして揺れている。今度は先ほどより落ち着いて、ゆっくり回りを見渡すことができた。アスタルはこれはいつか窓の外から覗き込んだ他人の家の光景だと思う。食卓の上のパン。それから少し離れた場所にベッドがある。暖炉の火に柔らかく照らされた清潔なシーツの上には分厚い暖かそうな毛布がかかっている。酷く凍えて疲れ果てていた。いつも寝床にする駅のホームにあるベンチや公園はよく酔っ払いやホームレスに襲われて、安心して眠れたことがない。寒さの中でようやくまどろみかけたころ、ホームレスの荒れた手が服の中に入り込み、肌を擦っているのに気が付き飛び起きるなんてのは日常茶飯事だ。ゴミ捨て場でかき集めた古着の山に包まり眠っていたら、悪戯で火を付けられたこともある。アスタルは吸い寄せられるようにベッドに近づいた。

けれど手を伸ばしたその瞬間、弾くような乾いた音がしてアスタルは再び現実に引き戻されるのだった。

「あっ……！」

頬骨がじんじんと熱い。ぬるっとした濡れた感触が唇を通って顎の下まで伝わり、アスタルは自分が鼻血を出していることに気が付いた。
「なにが見えた？」
「…毛布」
喉が渇いて声を出すのが酷く億劫だった。倦怠感はさっき目を覚ましたときより更に酷い。夢から覚めた筈なのに男の声がまだ遠いようだ。なにかぶつぶつと言っているのが聞こえるが、それが独り言なのか自分に向けられているものなのかアスタルには判別がつかなかった。　
手足が痺れ、全身ががたがた震えて止まらない。男の指がアスタルの瞼を捲って瞳孔の収縮を確認した。

「中毒を起こしてるのか？ 子供だからか。それとも痩せているせいなのか。 体が耐えられないのかもしれない……」

酷い頭痛と眩暈がして、アスタルは地面に手をついて嘔吐した。固形物はほとんどなく、先ほど口に含んだキャンディーの着色料が溶けたピンク色の胃液があたりを染める。冷たい雪の上に負傷した指が触れるとほんの僅か熱が癒されるようだ。蹲ったアスタルの手を取って男が顔を上げさせた。三本目の指に支度をはじめる。途端に胸が詰まったようになり、これ以上耐えられないとアスタルは感じた。ここは寒くてひもじくて早くさっきの暖炉の前に戻りたかった。
「もっと飴が欲しい」


幼い体が薬物に耐え切れないことを男は気づいていただろう。けれど己の性的欲求のために子供の身体を嬲りたいような類の人間には、それはちょっとした興奮材料にしかなりえなかった。
キャンディーの包装紙が剥かれる。三つ目のそれは口移しで与えられた。生温い舌の感触は蛞蝓のようで気持ち悪かったが、アスタルは苦痛を忘れられるその甘味を必死で貪った。愛撫のように男がアスタルの手を弄る。折れた指を遊ぶようにくるくると掴み回され涙が出たけれど、すぐに頭がぼんやりとして自分が痛みを感じているのかどうかも分からなくなった。暖炉の火が見える。ぱちぱちと柔らかい音をたてて爆ぜる光は目を閉じても消えなくて、暗闇の中にいくつも散らばり星空のようだった。
「気持ち悪い……目ん玉ん中で星がちかちかする……」
アスタルは光の点滅を嫌がるように頭を振ったが、そうするとますます眩暈がするようで星の群れが回転しては次々に墜落するのが見えるのだった。

「星が流れるときは誰かの命が消えかけているときだそうだよ」

じゃあ自分は死ぬんだな。ぼんやりとした意識のなかでアスタルは思った。いつのまにか男の手がアスタルのシャツを捲し上げて肌を擦っている。けれど冷たい外気に晒されても寒さはもう感じなかった。霜焼けの足が感覚を失ったように、体の全てに感触がない。パンの幻覚が見えている。安全で暖かい寝床。暖炉の傍らに置かれたおもちゃの兵隊を見たときにアスタルはふっと笑った。おもちゃなんて、欲しいと思ったこともない贅沢品だ。全部、手を伸ばせばすぐにでも掴めそうに見える。
幻覚に向けて伸ばしたアスタルの手をエスコートするように優しく男が握った。飢えてやせ細った少年の白い指はそのうちの二本が、擦り方を失敗したマッチ棒のように無惨なくの字に曲がって、折れた端が赤黒く膨れている。けれどそれをアスタルの目が認識することはない。暖炉の炎が目の中で激しく回転するように踊り続けているのが見えるだけだ。銀のペンチがもったいつけるように厳かに、まだ白い真っすぐな指の根本を食む。ぱきん、という三回目の音はいっそ清らかなぐらい音色で体の内側から響いた。

いつの間にか雪が止んで朝が訪れた。新年の朝に人々が街に出てみると、路地裏でみすぼらしい服を着た裸足の少年が静かに息を引き取っているのが見つかった。口の中には溶けかけの赤い飴とそれを包んでいたであろう包装紙がいくつも辺りに散らばっている。乱れた着衣と指の折られた惨たらしい遺体。新しい年の朝にふさわしくないそれを恥じるように人々がその遺体を片付けてしまうと、後には積もった雪のほかには何もなく、アスタルが見た最後の幻のことも誰も知る由はないのだった。



おわり

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		<dc:date>2023-03-04T04:45:51+09:00</dc:date>
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		<title>星の銀貨は誰の物</title>

		<description>リオラお姉ちゃんに子供が産まれて、メル…</description>
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			<![CDATA[ リオラお姉ちゃんに子供が産まれて、メルはただ純粋に嬉しかったのよ。だってこのお家の中にメルだけが血がつながった家族を持たないことを、これから生まれてくる子は知らないのだもの。そういう子が家のなかにいるのは素敵だった。だから喜んだの。そしてこうも思ったわ。お姉ちゃんが私にそうしてくれたみたいに、生まれてくる子にメルもきっと本物のお姉さんみたいにするの。それで私たちは本当の家族みたいになるのよ。


「メルはお姉ちゃんだもんな」

　セリオお兄ちゃんがそう言ってメルの頭を撫でてくれた。メルがお絵描きのためのクレヨンを妹のために譲ったから。使わないときには箱に入れて大事にしていた宝物だった。まだ小さい子供の手で、渡した端から握り潰されて折れていく。まだ赤ちゃんだもの。仕方ないのね。
「メル、助かるよ」
　厨房から顔を出して様子を窺っていたお姉ちゃんもホッとしたような声を出してそう言ったからメルは恥ずかしくなってえへへ、って笑ったわ。
『お姉ちゃんだから』って他の人にとっては嫌な言葉かもしれないけれど、メルにとってはそれは本当じゃないから、『お姉ちゃんだから』を言われる度に『家族だ』ってことを口に出して認められてるような気持ちがしたの。だからおやつを分けるのも、大好きだった人形や絵本をあげるのも、全然平気だった。

お姉ちゃんの赤ちゃん、ネリはお父さんのいない子だった。どんなわけがあったのか、お姉ちゃんは決して教えてくれなかったけど、お腹の赤ちゃんのことは絶対にひとりで守って見せるんだって最初から張り切っていた。お姉ちゃんは愛情深くて強い人なの。メルが赤ちゃんのとき、お父さんとお母さんが事故で死んじゃって、ひとりぼっちになったのをお姉ちゃんが引き取って育ててくれた。そのときお姉ちゃんはうんと若くて、お料理の学校を卒業したばかり。自分の長年の夢だったちいさなレストランの経営をはじめるところだった。とっても大変だった筈よ。仕事もして、まだ結婚もしてないのに他人の子供を育てるなんて。でもお姉ちゃんはやり遂げたのよ。確かにあんまりお店が忙しくって、一緒に遊んだりお喋りをする時間は少なかったかもしれない。小さいときはメルにもそれが少し寂しくて悲しかったこともあったけど、でもちゃんと分かっているのよ。お姉ちゃんはメルを本当に一生懸命育ててくれた。それにとても感謝してるの。

お姉ちゃんは愛情深くて、自分で決めたことを最後までやり遂げる意思の強い人。
だからネリが他の赤ちゃんたちよりうんと小さく、体も弱く生まれてきたときも、少しも弱気にならなくて力強い目をして言ったのね。
「この子はアタシが守ってやる。ちゃんと大人にしてやるんだ」
そう言ってネリの赤い髪の毛を優しく撫でたのを覚えてる。

レストラン・コラールに暮らすのはお姉ちゃんと、弟のセリオお兄ちゃん、ウェイトレスのスーラちゃんはお姉ちゃんの友達で、料理人のアーサお兄ちゃんはスーラちゃんと血がつながった兄妹。それから私、貰われっ子のメル。
集中治療室からネリを連れてお姉ちゃんが帰ってくるとコラールは一層にぎやかになったわ。みんなネリが大好きだった。メルだったそうだもの。

お姉ちゃんは食事にすごく気を遣って、食卓に出るものは全部オーガニックの身体に良いものになった。お姉ちゃんの作るたっぷりのチーズフォンデュソースがかかったオムライスがメルは大好きだったのだけれど、ネリは病気の治療のためにチーズを食べられないからもう作らなくなった。



家族で違うものを食べるのはネリが可哀そうだし、それにメルから移植を受けるでしょう。ネリに綺麗な血をあげたいためだと思う。
メルは星の銀貨のお話を思い出す。それは絵本だった。
　貧しい女の子が森に向かって歩いていると、お腹を空かせた人が現れて、パンを分けてほしいと言う。女の子は自分もお腹がすいているのに持っているパンを全部あげてしまう。それからしばらく行くと、今度は寒さに困っている人が現れて女の子は上着をあげてしまうのだ。その、繰り返し。下着も全部あげてしまって裸んぼうになった女の子が暗い森を歩いていると、空から星が降ってきてそれは銀貨に変わる。女の子は豊かになって幸せに暮らしたという話。
素敵な話なのにメルはこの本のことを思い出すとちょっぴり嫌な気持ちになるの。
フォークを持つ指が止まってしまったメルにお姉ちゃんが心配そうに覗き込んでくる。
「メル、美味しくない？」
「ううん」
メルは慌てて首を振って笑う。ちゃんと食べて健康な血をもっと増やさなくちゃ。そうよね。数日後には入院してお薬も飲み始める。病気と戦える強い血を作るんだって。少し体に負担がかかるからメルは元気でなくちゃいけないのよ。
「お姉ちゃんの作るご飯はいつだって世界一なのね」


　学校に通うのを諦めてほしいとお願いされたのは、それからしばらく経ってのことだった。
ネリの移植手術がある度にメルも一緒に何日も入院するようなことがあったから、元々そんなに通えていなかった。お勉強もかなり遅れてしまって、本当はちょっと辛く思えてきてた。
「ごめんな、メル。本当に」

お姉ちゃんが床に手をついて震えるほど謝るのには訳があった。
それはメルが十三歳になったタイミングで、市役所から届いたお手紙。メルはあまり難しい文字を読むのが得意じゃなかったけど、なんとか理解した内容は、メルが自分で財産を管理できる年齢になったから今まで後見人を通して支払われたお金がこれからはメルの名義で支払われるってことだった。後見人っていうのは、メルを育ててくれたお姉ちゃんのことね。
両親を持たない子供が平等に教育を受けられるための制度だってそこには書いてあった。










お姉ちゃんは無理強いなんてしなかった。

メルが十三歳になったとき、学校にいくのをやめて
この国の施策で孤児を育てる家に多額の助成金が支払われることはそのときはじめて知った。黙っていればメルはいつまでも気が付かないままだったのに、正義感の強いお姉ちゃんは黙っていられなかったのね。そのお金がレストランの起業のために必要だったこと、そして今はネリの治療のために必要なことを包み隠さず教えてくれた。
メルは……


「ネリが急変したんだ。もうあまり時間がない」

だめになった臓器を取り替えないと、




「ちょ、ちょっと待って……」
お姉ちゃんがぴたりと動きを止めた。振り向かない。メルは心臓がどきどきしてたわ。なんでもないように明るく、元気ないい子に聞こえるようにメルは言ったの。
「ネリにご本を持って行ってあげたいの。取ってきていい？」
なんとなくホッとしたような空気がみんなの間に流れた。微笑ましいような、子犬や猫を見るような表情。メルの言葉を誰も疑わないのね。誰もメルが嫌がったり怖がってるなんて思いもしていないの。そのことでちょっとだけまた傷ついたけど、そんなことはどうでもよかった。
「ああ。……メルは優しいな」
　向き直ってメルを見たお姉ちゃんの顔が一瞬、とても辛そうに見えた。

メルはそのまま踵を返して階段を駆け上っていったの。怖かったわ。怖くて悲しかったわ。
二階の部屋の窓から雨樋を伝って地上に。必死になれば案外なんでもできてしまうものなのね。辺りはすっかり暗くなって星が出ていたの。メルは

女の子はどうして森を目指したのかしら。
町で一番高い時計塔に登って、星を見たの。
『持っている物を惜しみなく差し出した人に祝福が与えられる。』あの物語が言いたいのは多分そういうことね。メルが持ってる最後の持ち物。命まで賭けることができたら、差し出したら、メルの本当に欲しいものは手に入るのかもしれない。家族の愛情。
星の銀貨のお話がどうして尊いのか。それは女の子の善行がとても難しいことだからなのね。メルはとうとうあげてしまうことはできなかったの。塔の窓から身を放り出す。


　思ったような痛みはなかったわ。だけど全身の感覚がなくって、指の一本も動かせなかった。だからメルはそのままそのまま空を見上げていたわ。空気がすごく澄んでいて、零れそうなくらい星がきらきら輝いて、じっとそれだけ見ているとお星さまが本当に銀貨になって落ちてくるみたいだった。綺麗ね。だけどメルは持っているものを譲らなかったから、この銀貨はメルのものにはならないの。そう思うと少しだけ笑いがこみあげてきて悲しくなった。視界が少しずつ暗くなって魂が抜けていくのだと感じる。同じね。メルも、空から落ちて、バラバラになって、散らばっただけ。誰のものにもならないのよ。

おわり


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		<dc:date>2023-03-04T04:45:01+09:00</dc:date>
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		<title>ハーメルンの災厄</title>

		<description>この町の最も賤しいとされる仕事の一つに…</description>
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			<![CDATA[ この町の最も賤しいとされる仕事の一つに『鼠取り』というのがありました。

その年、町にはいつにも増して鼠が増えて困っていたのです。鼠という生き物は貪欲で、家や食料を荒らしますし、不潔であるため噛まれれば病気を引き起こします。おまけに繁殖力も大層強いので、ひとたび家に鼠が出たとなれば放っておくことはできません。そこで鼠を駆除する『鼠捕り』という仕事が昔からこの町には根付いていたのですが、それはあまり好んでやりたい人の多い仕事ではありませんでした。生き物を殺す仕事だからというのもあるでしょう。その街の多くの人が信仰する宗教では、食事のため以外の目的で命を奪うことは魂を汚すことだと考えられ軽蔑されていました。それに鼠を殺すという行いそれ自体のおぞましさもあったでしょう。普通、鼠を捕るときには餌を入れた仕掛け罠を用います。捕まえた鼠は野に放っても戻ってきてしまうので、水を張ったバケツに沈めるか、バケツに入らないくらいカゴが大きな場合には川に持っていって溺れさせねばなりませんでした。命を奪われる際の生き物の激しい抵抗を目の当たりにすれば、いくら害獣とはいえ大抵の人はその行為を残酷に思ったり、恐ろしいとも罪深いとも思うものです。率先してやりたいという人がいないというのも当然のことでしょう。
そういうわけでいつしか鼠を捕る仕事は、この町に欠かせないものでありながらも、他に働く才能のない人が貧しさから仕方なくやるものになったのでした。


トリシュナは、この鼠取りを生業に暮らす寡婦です。元はうんと遠い他所の土地から流れてきたらしいのですが、生来陰気な性質で、職業軍人であったという夫を戦争で亡くしてからはますます他人を避けるように、誰とも関わろうとせず一人でひっそりと暮らしていました。何となく気味が悪い、陰鬱な雰囲気の鼠捕りの女。町の人たちのトリシュナの印象というものは概ねそんなところでした。彼女が人前に出るのは、仕事のほかでは生活に必要な最低限の食べ物や日用品を買うときだけ。近所に友人を作ることもありませんでしたし、買い物の際にふと居合わせた誰かと世間話に興じるといったこともまるでないのです。長い髪は顔の半分を隠すように垂らされ、どんなに暖かい季節でも肩から被った大判のショールを体に巻き付けて、決して離そうとはしませんでした。町の人たちの間には、彼女を魔女と呼ぶ声さえ聞こえます。それというのも素性の知れないよそ者で、陰気で奇妙な風貌をしているから……というだけではありません。人々が怪しみ訝しむぐらいにトリシュナが、あまりに上手に鼠を捕ることができたためなのです。

　　　◇

「私が鼠を取る間は誰もこの家にいないでください。」

　その日もトリシュナは仕事を始める前にそんなことを家主に言いました。それは、トリシュナが仕事をはじめる前に必ず告げる口上です。鼠捕りをやるのは前述のとおり貧しく卑しい人間と相場が決まっていましたから家主の中には嫌な顔をするものもいましたが、トリシュナの腕が良いのでそれでも渋々了承していました。トリシュナは大変早く仕事を終わらせましたし、家に有害な薬を撒くことも、箪笥の裏に隠れた鼠をうっかり見逃すようなこともなかったのです。町の人は不思議でなりません。いったいどんな風にして、家一軒に住み着くたくさんの鼠を一匹も残さず退治してしまえるのか。それに女の細腕で、どうやってこんなに短い時間で大量の鼠の死体を消してしまえるのか。どんなに考えてもちっとも理屈がわからないのでした。
　さて、約束通り家の人たちみんなに外に出かけてもらうと、トリシュナは家の中をゆっくりと歩きはじめました。身支度もなく足取りは悠長で、これから仕事に取り掛かろうという忙しなさはありません。おまけに口の中で小さく歌なんか歌っています。するとそのうち、ちょろちょろと小さな影が廊下を横切りました。灰色の太ったハツカネズミです。トリシュナは特に驚く素振りも見せません。視界の端でちらりとその姿を一瞥しただけで、そのまま囁くように歌い続けて家の奥へ奥へと進みます。一匹、二匹、と物陰からさらに鼠が顔を出してトリシュナのあとを追いました。物置の暗がりから、食器棚の裏から、走りだしてくる鼠の数は次第に増えて、トリシュナが玄関の入り口から二階建ての家の全ての扉を巡り、台所の裏の勝手口から出てくるころにはその足元中を夥しい灰色の塊が埋め尽くしておりました。黒々とした目の鼠共は、不思議と鳴き声を上げたり暴れまわったりすることもなくひしめき合い異様な様子です。勝手口から出た先でトリシュナが立ち止まると鼠たちは何かを探すように鼻をひくひくとさせ辺りを見渡しました。
「川はね、あっちだよ」
　ショールの下の細い腕を持ち上げてトリシュナは指をさしました。その言葉というよりは水の匂いに反応したのでしょう。鼠たちは灰色の絨毯のようにひとつの塊に集まってぞろぞろと家の裏手の川の中に自ら身を投げてその姿を消したのです。それで仕事は仕舞いでした。

こういった具合なので、トリシュナが鼠を捕るところは絶対に秘密でした。誰かがこんな光景を見たらトリシュナのことをやはり魔女だと思ったでしょうし、きっと町にはもう住まわせてはもらえなくなります。それにトリシュナは恐れてもいたのです。自分の持つ不思議な能力の影響が鼠以外にも及ぶことを――。それで誰も家にいてはならないと、よくよく頼んでいたのですが、ところがその日は不幸なことに、その場に居合わせてしまった人間がいました。この家の下働きの女です。性根の良くない人間でした。女は家主がトリシュナに鼠捕りを頼んだことと、その仕事の間トリシュナが人を遠ざけることを知っていました。それで盗みをするために密かに潜んでいたのです。盗みがばれても疑われるのは怪しい鼠捕りの女だろうし、それに誰もが不思議に思っているトリシュナの鼠捕りの方法が知れれば面白い。そのようなつもりでした。後に起こったことはこうです。女はまず家主の寝室に忍び込み、その家の奥様の大事にしている首飾りを自分のポケットに隠しました。かねてから目をつけていた高価なもので獲物はそれひとつきりでした。それから今度はこっそり家を抜け出すために階下の物音に耳を澄ませて、トリシュナが仕事をはじめるのを待っていたのです。やがてか細い歌声が女の耳にも届きました。
最初はなんの影響もないようでした。女はトリシュナが歌いながら家中を歩き始めたのを音で聞いて、なんて悠長な仕事ぶりなんだろうと薄ら笑いを浮かべさえしたのです。しかしそれも、長くは続きませんでした。外へ出るタイミングを窺うため扉に耳を押し付けて歌声を聞くうちに女の顔から表情が消え失せました。女は不意に立ち上がると静かに部屋の扉を開けて廊下へ出ました。足元を二、三匹の鼠が駆け抜けていきましたが、意にも介しません。盗みをしたところだというのに不用意に出てきて誰かに見つかることさえ気にしていないようです。家のなかでトリシュナとは鉢合わせなかったのは偶然でした。女はそのまま玄関から外へ出て、家に帰るとポケットに盗んだ首飾りを隠したまま、首を吊って死んだのでした。


◇

　大変なのはそのあとでした。
トリシュナが鼠捕りを終えたあと、家に帰った家主は首飾りがなくなっていることにすぐに気付きました。当然トリシュナが疑われて、


トリシュナはほんの少し気分を害したようでした。それに埒のあかない問答にうんざりして疲れてしまったようです。やがて意を決したように言いました。
「鼠はこうやってとります」
傍聴席の人たちは思わずみんな体を乗り出してトリシュナの次の言葉を待ちました。みんな長いこと不思議に思っていたのです。一体どんな風な魔法を使ったら、あっという間に鼠を消してしまえるのか。
だけどトリシュナはそれっきり何も言葉を発しませんでした。言葉を発する代わりに、歌ったのです。辺りはしん、となりました。誰も声をあげませんでした。誰も瞬きすらしませんでした。トリシュナの淡々とした歌声だけがあたりに響き渡ります。小さなか細い声でしたが、裁判所のホールはよく声が通る作りになっていましたから、それはしっかり全員の耳に届きました。
やがて傍聴席に座るひとりがおもむろに席を立ちました。それに続けてふたり目が席を立つと、残りの人たちも追従するように立ち上がり、ぼうっとした目つきで外へ歩き始めたのです。鼠たちがそうしたように。
町の人たちがどこにいったのかトリシュナにはもう分かっていました。多分首を吊りに行ったのです。あるいは流れの速い深い川の奥に向かって沈みに行ったのでしょう。それは生まれたときからトリシュナに備わっていた能力です。トリシュナの声には、それを聴いた誰もが暗く沈んだ気持ちになって死にたいと願うようになる不思議な力がありました。特に歌声となると致死的でした。それはトリシュナを残して戦争に行った夫だって、トリシュナが身を寄せた下宿先の女主人だって、血を分けた家族ですら例外なく、ほんの小さな鼠のような生き物たちでさえそうなのです。トリシュナは歌い続けました。時折、感情が昂るとそうなることがあるのです。町の人たちへの怒りと、自分への絶望。そういったものがトリシュナに歌うことを制御できなくさせているのです。町の人たちの姿がみんな見えなくなると嗚咽の代わりのようにトリシュナはか細く歌いながら歩きだしました。この町にも居場所はもうないでしょう。その声は不思議と町の隅々まで響き渡り、あとには足の不自由なものと、耳の聴こえないろう者のみが残されていました。

おしまい
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		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2023-03-04T04:44:28+09:00</dc:date>
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		<title>人でなしの関心(テツアス)</title>

		<description>「唇が切れていますよ」、とテツジンに指…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 「唇が切れていますよ」、とテツジンに指摘されるとアスタルは一瞬虚を突かれたようにテツジンを見つめて、それから非常に呆れたという表情で眉を顰め「はぁ？」と訊き返した。なぜなら今アスタルは脇腹に大きな裂傷を負っていたし、利き腕を骨折して添え木に包帯を巻かれていたりもした。唇が乾燥して切れているなんて事柄は、今この場で全く些細なことだった。
「細かいトコ見てんだか、なんも見てねぇんだか分かんねぇな」
「というと？」
「はッ、おまけに察しが悪ィときたもんだ。んなとこよりまず目に付く傷があるだろ」
「ふむ」
テツジンはあくまで鷹揚で、腕組みをしたままアスタルのことをゆっくり眺め回すとそこではじめて怪我に気がついたような様子だった。
「スミマセン。顔ばかり見ていたもので」
フン、と鼻先でアスタルが笑う。
「物事に関心が無いんだな。……機械ってのはそういうもんか？必要最低限の情報しか受け取らねぇわけだ」
「いえ、それと言うよりは」
好きだからですね。テツジンがそう言ったのでアスタルは今度は咄嗟に「はぁ？」と訊き返すことすらできなかった。
「あなたの顔に格別に関心があるので、それしか見てませんでした」
ふと怪我の手当てのために広げた救急セットのなかからテツジンは小さなアルミキャップの容器を手に取った。中身は傷口を乾燥させないためのオイルで固形化され軟膏状になっている。それを指先に少し掬って、テツジンの手が自分の顔に伸びるのを呆気にとられたアスタルは黙って見ているしかしなかった。
「やはり唇が切れています。気をつけてください。私はあなたの顔を保つことにとても関心がある」
もっと手当てが必要な酷い傷には目もくれないくせに、それは好きだと言えるのか。子供のような一心不乱さで唇の傷にオイルを塗り込まれながら、やっぱりよく分からないヤツだな、とアスタルは思った。
 ]]>
		</content:encoded>
		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2022-02-11T06:53:16+09:00</dc:date>
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	<item rdf:about="https://ktmrmugoi.web.wox.cc/novel/entry60.html">
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		<title>どうでもいいよ、どうだって(テツアス)</title>

		<description>

「あの箱にたかが肉と骨を入れる為だ…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 

「あの箱にたかが肉と骨を入れる為だけに？」

 テツジンが極めて不思議で理解できないという声を出したので、アスタルも全く同意だというように深く頷いて、少し離れた先に集まっている人群れに白けた目を向けた。
「それで誰かが呪文みたいなのを唱えたらみんなでしばらく目を瞑って、最後には土に埋めちまうってだけの為にな」
「奇妙な行動だと思えます」
「葬式ってやつだとさ」

面白いよな、と皮肉っぽく言う彼の頰は煤で真っ黒に汚れている。先ほどまで飛び交う銃弾を避け、地べたを這いずっていたせいだ。銃撃と空爆による土煙のなか、不意に地面に倒れ伏しそれっきり動かなくなった上官の死体を拾いに行って、安全なところまで持ち帰るというのがアスタルに下された命令だった。曰く、それは「きちんとした葬いをするため」だという。その為にアスタルは爆撃と銃弾の嵐のなか、命を賭して地べたを這い進む羽目になった。死んだ体を拾うために、生きた兵士に弾丸の下を潜らせる不合理。機械であるから余計に計算の合わないことが理解し難いのかもしれない。テツジンはとても驚いて、それで先の会話に繋がる。

―葬式なんてもんがなけりゃあな。
アスタルが皮肉そうに嘲ってそう言った。あれは本当に滑稽なもんだ。物心ついた時から路地でゴミを漁り、酔っ払いのポケットからコインをくすめ暮らしてきたアスタルにとって、葬式という儀式は身近ではない。死体は凍えた冬の朝に無人の駅舎で放置されているべきものであり、あるいは夕暮れのドブ川から裸で上がったり、娼館の裏口から布に包まれて明け方こそこそ運び出されるもの。やがて制服を着たおまわりが車に積んで持ち去るものだった。
 だから丁寧に肉体を箱に入れて、土に埋め、魂の安寧を祈る……名誉のある人間はそうされなければならないのだと言われても、それが意味のあることだとは全くちっともピンときてなんかいなかった。ただ「葬式をするから死体をとってこい」と言われて、随分と馬鹿な命令だな、そう鼻先で笑ったくらいだ。

　さて、そんな風に弔いに意味を見出せないのはこの場ではテツジンとアスタルのどうやら二人だけらしい。正確には一人と一体が、取り残されるように人の輪から外れてやりとりをするうちに葬儀はいよいよ終盤に差し掛かるようだった。死体を詰めた箱が複数人に担がれてどこかに運ばれていく。運搬係の男が随行しているので、どうにかして故郷の土へ戻すのだろう。
……分からないことだ。改めてテツジンは思った。死体を運ぶために生きた人間が命を賭させられたことも、皆が死体ばかりを取り囲み、勇敢に任務を果たして帰還した生きた人間の傍には誰も寄り添わないことも。階級や立場で命が差別されている、という理不尽が機械であるテツジンに全て理解できたわけでもないが、それでも少なからず気まずさや同情というのは覚えることができたのだった。それで思わず労いの言葉をかける。
「あなたは勇敢でしたよ」
「なにが？」
「危険な命令に誰もが尻込みする中、あなたは真っ先にひとり彼の元に向かったじゃないですか」
　ふっ、とアスタルの口元がニヤついた。テツジンはそれを彼の照れが表れたものだと感じた。いじらしく思い、彼の汚れた頬の煤を払ってやろうと手を差し伸べる。するとアスタルは顔を寄せ、声を小さく落とすのだ。

「最初にたどりついたのが俺なら、殺しちまえるからな」
「え、なんですって？ 」
テツジンは少し驚いて手を止める。アスタルは内緒話をする距離感で、テツジンの手のひらに頬を当てていた。
「知ってるか？ 戦場での死因の何割かは、味方に背中を撃たれたせいだって。あいつ普段から俺のケツを狙ってたしな」
「つまりあなたがたどり着いたとき、彼はまだ生きていたのですか？」
  
　アスタルはいつも濃い色のサングラスをかけて目を隠している。間近に向き合って立つとテツジンの方が僅かに背が高いおかげで、今は上から隙間を見下ろすような形で彼のその両目が見えた。三日月型に意地悪く微笑んでいる。

「どっちだっていいだろ。俺が持って帰ってこいって言われたのは『死体』だし、やつらは望み通りそれを箱に入れることができたんだからな」
「なるほど」
　葬式なんてもんがなけりゃあな。
アスタルはまた言った。そんなもんにこだわって俺にチャンスをくれなけりゃ、帰ってきたのは死体じゃなかったかもしれない。

テツジンはどこか胸のすくような思いがした。この場の状況や価値観に馴染めていない者同士、アスタルに対して親近感が湧いているせいかもしれない。

「誰かに言うか？」
「いいえ。今起きている一連のことは私にとっても意味を感じられない……どうだっていいことですから」

夕暮れが近づいていた。いつの間にか集まっていた人群れも解散し、あたりには誰もいなくなっている。居心地の悪いことは全部、どうやらそれでおしまいらしかった。



おわり
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		<title>あなたがわたしにくれたもの(アストリ?)</title>

		<description>※アスタル×トリシュナですが、アスタルは…</description>
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			<![CDATA[ ※アスタル×トリシュナですが、アスタルはほぼ出てきません。
　原作にいないモブキャラがたくさん出てきます。
<img src="https://wox.cc/user/nomercy/o/CC8DDF40-86D9-4E0C-800C-FBD623E6F3B2.jpg" alt="ana taga" class="pict" />

　　　◇

　はじめトリシュナがその場所へ連れてこられたとき孤児院にはすでに十人の年頃の近い女の子たちがいて、トリシュナは受け入れを断られたのである。というのもそこはとても小さな慈善施設で、小太りした初老の男とその妻である痩せぎすの気難しそうな夫人がたった二人きりで営んでいるようなところだったのだ。トリシュナは齢十歳と幼いし、小さな女の子を引き取るにはちょっと人手が足りないというわけらしい。
「それにこの子が入ると十三人になるしね」
　背筋をピンと伸ばして顎を反らす高圧的な態度で夫人が言った。家に入るのがその数では不吉だということらしい。詰襟の暗い色のワンピースの襟元には小さな十字のネックレスがかかっている。神経質で迷信深い、そういう様子だった。あるいは断る口実を見つけられれば何でも良かったのか、夫人は胡乱な目つきで粗を探すようにトリシュナのことを眺めまわした。細く吊り上がった眉には厄介ごとはごめんだという感情がありありと表れている。ぎょろぎょろよく動く小さな目と相手を探るために首を長く伸ばす仕草はどこか鶏を思わせるようだ。そうしてすぐに夫人はトリシュナの手と足と、顔の半分を覆う痣に目をつけた。不潔なものを見たように顔を歪める。
「それにその鱗みたいな……」
「おい」

　遮るように怖い声を出したのは、トリシュナをここに連れてきたアスタルという若い兵士の男である。薄汚れた草色の軍服と、濃い色のサングラスを身に着けている。とりわけ大柄ではないが筋肉質な体をしており、鋭い声音には戦場に立つ人間の威圧感を匂わせた。アスタルは夫人が不快で差別的なことを言おうとするのを見て取ると、トリシュナとの間に立ち塞がるように頑丈そうな革のブーツを履いた足を割り込ませた。その足の後ろにおずおずとトリシュナは身を隠す。低い声でアスタルは夫人に何か毒づいたようだったが、それはトリシュナに聞こえないように配慮されていたので細かいところまでは分からない。ただ夫人の方は腕っ節の強そうな軍服の男に凄まれて縮み上がったようだった。腹が立つやら怖いやらと言った様子で顔を赤くして、くっくっ、と短く声を詰まらせて、それはますます鶏の姿に似ている。
アスタルは説得を試みるというよりはほとんど脅しに近いような態度でトリシュナをここに置くように詰め寄った。夫人はこわばりながらも意固地に口を引き結んでいる。するとそこでようやくそれまで様子を見ていた男―この孤児院の院長が、まぁまぁ、と慌てたように間に割って入ったのだ。
「いくところがないんでしょう。わかりましたよ。もうすぐここを出る子がいるんだ。ちょっとの間くらい子供が増えても構わないさ」
「あんた！」
　夫人が非難するような声で叫んで夫を振り返った。　汗をかいているのは太っているせいなのか、目の前の揉め事に動揺しているせいだろうか、院長の男はハンカチで額を抑えつつ取り繕うようにニコニコと大袈裟に笑ってトリシュナの頭を撫でた。
「大丈夫、可愛い子じゃないか」
　それでトリシュナは孤児院で暮らすことが決まった。



「それじゃあな、頑張れよ」

話がつくとアスタルはあっさりした口ぶりでトリシュナにそう言った。トリシュナを安全な場所に連れていくまでが彼の仕事で、あとは軍隊に戻るらしい。
「私も行っちゃダメなの？」
未練がましくトリシュナが訊ねると、そんなことを言われるとは思ってもみなかったのかアスタルは少し驚いたように黙り込み、それから膝を折ってしゃがんでトリシュナに目線を合わせた。
「まぁ、お前が自分の身を自分で守れるようになったらだな」
　俺には誰かを守ってやるような余裕はないからな。途端にがっかりした表情を浮かべるトリシュナに苦笑して、アスタルはポケットを弄ると何かトリシュナの手に握らせた。
「ほらよ、チビすけ。餞別だ」
　それは小さな折り畳み式のナイフで、麻の紐にペンダントのように木製の持ち手がぶら下がっている。刃先を畳んでしまえば木で出来たささやかなペンダントかお守りなんかの類に見える。
「ゔっ、ゔぅ、う」
　お礼を言おうとして、トリシュナは嗚咽した。急に胸が詰まって何も言えなくなってしまったのだ。おぉう、おぅ、と悲しみのままに泣きじゃくり、けれどしばらく後にはなんとか持ち直してぐっとナイフを掴むと麻紐の輪を首にかけて柄の部分を服の下にしまった。
「じゃあ……、じゃ、あ、また、ね……！」
　涙でぐしゃぐしゃの顔をキっと振り仰いでトリシュナがそう言うとアスタルはやっぱり驚いたような顔をして、それから励ますようにトリシュナの頭をぽんと叩いた。
　
　　　◇

　孤児院には大人は二人ばかりで人手が足りなかったから、トリシュナを含む孤児たち十一人もみんな働き手の内だった。ところでトリシュナには少し特殊な生い立ちがあって、物心付いた頃から家族に厭われ部屋に閉じ込められて育っている。『そこにいるだけで周りの人の気持ちを沈ませる不吉な子供』。そう言われて、十歳までをひとりきりで過ごしてきた。だからはじめに夫人が自分のことを「不吉」と言ったことにも慣れていて、実のところそんなに傷ついていない。かえってアスタルが自分のために夫人に怒ったのを恥ずかしく思っているくらいなのだ。
　ところが孤児院に来てこうして他人だらけのなかで過ごしてみると、家族がトリシュナに言ったことは嘘か思い込みでしかなかったことが分かった。夫人は神経質でいつもカリカリしていたが、院長のおじさんは対照的に穏やかだったし、同じ年頃の子供たちも泣いたり喧嘩はするけど、それと同じくらいよく笑った。
トリシュナを家から連れ出すとき、自分と一緒にいて平気でいられることをアスタルは「俺は特別だからだ」と言ったが、今思えばそれも信じている家族に酷い嘘をつかれてきたことをトリシュナに悟らせないようにするためで、彼の優しさだったのだ。アスタルがそういう風に自分に親切にしてくれたことが嬉しいのでトリシュナは別に自分の境遇に落ち込んだりしなかった。けれど全く他人と過ごしたことがない、部屋から滅多に出たことすらない、ということには別の方向で困ってしまったのである。

「まったく！ 料理もできない、掃除も満足にできない。なにをやらせても鈍臭いし、いったい何ならできるんだろうね！ 」
　きーんと響く声で夫人に怒鳴りつけられてトリシュナは思わず首を竦めてしまった。今朝も洗ったばかりの洗濯物のかごを干場に運ぶ途中で転んで泥の中にひっくり返してしまったばかりである。皿を洗えば幾枚かは必ず割ったし、床の水拭きをしては桶をひっくり返し、鍋の中身を焦がさずに煮立たせるなんてことも苦手だった。
「あの、ごめんなさい……えぇと、わたし」
　制服代わりの白いエプロンの裾を握りながらトリシュナがまごついていると、夫人はふーっと長い溜息を吐いた。
「もういいよ。あんたは他の娘の手伝いをしておくれ。裏にいけば誰かいるだろう」
　トリシュナはすっかり落ち込んで、とぼとぼと台所の勝手口から裏庭の方へ出て行った。空はすっかり晴れていて良い天気である。洗濯物がよく乾きそうだが、それはトリシュナの所為で洗い直しになってしまっている。自分で台無しにしたものに、また手を出すのも叱られそうだ。トリシュナが他に何か出来ることはないかと辺りをきょろきょろ見渡していると、庭の片隅にある小さな鶏小屋の前でぽつんと立ち尽くしている女の子を見つけた。施設に来て日の浅いトリシュナはちょっとだけ考えて、彼女の名前を思い出した。確か年は一つ上の十一歳で、アイーシャという名前だ。淡い栗色の髪の毛をゆるく三つ編みのおさげにしている。

「どうしたの？ 」
　ひとまずトリシュナは彼女に話しかけてみることにした。他の子たちよりは忙しくなさそうで、声をかけやすかったというのもある。トリシュナに話しかけられるとアイーシャはハッと振り向いて、それからひとりで心細かったようにほっと表情を緩ませた。
「あなた、最近来た……トリシュナだったわね？ 困ってたの。私、鶏を絞めてこいっておかみさんに言われたんだけど、でも怖くって」
　アイーシャの持っている切れ味の鈍そうな鉈と血受けの桶をトリシュナはちらりと見た。小屋のなかでは数羽の鶏が呑気にこ、こ、こ、と鳴いている。
「あの……わたし、それ手伝うよ」
「ほんとう⁉ あぁ、よかった。ありがとう！ 」
　トリシュナが申し出るとアイーシャは心の底から感動したようだった。蒼褪めていた頬にぱっと血の気が宿る。失敗続きのトリシュナは、年上の女の子にそんな風に喜ばれて少し誇らしくなってしまう。猫背がちな姿勢を心なしかピンと伸ばして鶏小屋に入ると、慌てたようにアイーシャも後ろから付いてきた。
「そしたら鉈を」
「ううん、大丈夫」
　錆びついた鉈をアイーシャが手渡そうとしてきたがトリシュナはそれを断った。代わりに胸元からナイフを取り出す。アスタルから貰ったナイフだ。折り畳みの刃を開くとパチンと音がして、よく切れそうな白い刃先は陽の光にキラキラ光って綺麗だった。
「えっと、そしたら……抑えててくれる？ あのね、ここの羽のところ持って、地面にぎゅって……」
「う、うん」
　トリシュナはあまり敏捷でないので鶏を捕まえるのはアイーシャの役割になった。地面に置いた太い木の枝をギロチン台のようにして頸を押し付けて固定する。すると迫りくる死の予感が分かるのか、にわかに鶏も騒ぎ始める。ぎゃーぎゃーという悲鳴を聞きながら、鉈で首を切りそこなったときの鶏の苦痛の抵抗を思い浮かべてアイーシャはぎゅっと眉に皺を寄せた。ところがトリシュナは奇妙なくらい落ち着いて、鶏の首に指をやり羽毛を逆立て刃を入れる場所を作ったりしているのだ。それから後は、ぴっ、とほんの一瞬、刃を引いただけのようだった。それで鶏は沈黙し、あとはあれよあれよという間に木の枝を伝って大量の血が流れてきたのでアイーシャは呆気にとられてしまった。
「すごいわ、トリシュナ」
　呆然としたまま、アイーシャがそう呟くとトリシュナは孤児院に来てはじめて得意そうに少し微笑んだ。
「アスタルが教えてくれたの」


　　　◇


　鳥や魚を切ったり捌いたりするのはトリシュナの得意な仕事になった。孤児院の経営にはいくらか公的な補助が得られたもののそれほど余裕があるというわけではなかったから、肉を料理する頻度はそれほど高くはなかったが、魚であればよく食卓に上がった。
何をやっても不器用なトリシュナが周りから「手際がいい」と褒められる唯一の仕事のことをトリシュナは気に入っていた。本当にすごいわ。いつ終わったのか分からないぐらいよ。あっという間なんだもの。他の子どもたちからそんな風に褒められると、トリシュナは恥ずかしがって俯いた。だけどやっぱり嬉しくもあり、ふとしたときには胸に手をあてて、服の下にあるナイフに触れながら、自分にこの技術を教えてくれたアスタルのことを思い浮かべるのだ。

トリシュナは戦争孤児である。町が戦火に巻き込まれたとき、先に述べた特殊な事情から部屋にひとり閉じ込められていたところをアスタルに見つかり保護された。戦争というものにもルールがあるらしく、トリシュナのような民間人を戦場で保護した場合には安全な地区まで送り届けなければならないようだった。それでしばらくはアスタルに連れられて旅をしたのである。といっても数日のことだが、トリシュナの住んでいた町は僻地にあり戦場から遠くて孤児院があるような大きな街に連れて来られるまでは森やら山やらを歩いて抜けなくてはならず、夜はアスタルと一緒の毛布に包まり眠り、同じ食事を分け合って過ごした。
食事はアスタルが携帯していた缶詰や四角いクッキーなどが殆どだったが、たまに魚や野鼠を捕まえて食べたりもした。もちろん鳥も捕まえたことがある。アスタルは手先が器用で、木の枝や蔓を使って簡単な罠を作るのが上手かった。捕まえた生き物を殺して捌くのも。アスタルはトリシュナにナイフの使い方と生き物の殺し方を教えた。柔らかくて温かい、動く命を奪うのを幼いトリシュナが怖がっても、アスタルはそれを必要なことだと言って譲らなかった。最初に殺したのは太った野鼠だ。
「可哀想だよ」
怖気づくトリシュナの背にかぶさるようにして、ナイフを持つ手をアスタルが握り支えている。そのアスタルを振り向きながらトリシュナは懇願するように訴えたが、アスタルは淡々とした返事だった。
「まぁな」
さらりとした口ぶりはトリシュナの手の中でトクトクいう鼠の心音にそれほど興味がある様子ではない。続けて気怠げに口を開く。
「だけど」


「あーあ」
うんざりしたアイーシャのため息でトリシュナは我に返った。今は洗濯室で取り込んだシーツを畳んでいる。そこに新しく乾いた洗濯物を持ってアイーシャが現れたのだ。ふぅ、と息を吐いて床に下した籠にはここの孤児たちの制服であり仕事着である白いエプロンが幾枚も積みあがっている。
「これ、これからアイロンもかけるのよ。嫌になっちゃう」
　荷物を運んで額に浮かんだ汗を拭きながらアイーシャが愚痴を口にする。孤児たちは毎日せわしなく働いて、掃除や畑仕事なんかで毎日頻繁に汚れるので洗濯物の量が多いのだ。
「もっと楽な仕事がしたいわ」
トリシュナの傍に座って鉄製のアイロンと台を準備しながらアイーシャがそう言った。鶏小屋で仕事を助けてやってからアイーシャはトリシュナに一目置いていて何かと親切に振舞ったし、それでふたりは随分仲が良くなったのである。トリシュナは少し首を傾げて訊ねる。
「楽な仕事があるの？ 」
「あるわ。ひとつ飛び切り好待遇で楽なことが」

アイーシャが言うにはそれは「院長のお気に入り」になることらしい。正確には、夜に部屋で仕事をする院長に、夫人の用意する菓子やらサンドイッチの夜食を届ける役目のことだった。ただその役割はいつも院長の指名で決まるので、それで「お気に入りになること」などという言い方をしたのだ。
「ね、とっても楽で簡単でしょう。それにずるいのはね、夜遅くに働くからって、日中は昼まで寝ていていいのよ」
「ふぅん」
アイーシャは悔しそうに言ったが、長い間、部屋に閉じ込められて暮らしてきたトリシュナには昼まで一人で部屋にこもっていてもいいと言われてもあまり羨ましく感じなかった。自然と返事も気のないものになる。けれど言われてみて思い返せば、朝食の時間にいつも姿の見えない子がいたような気がする。

「ええ、そう。あのお寝坊さん。今のお気に入りはエミリーよ。わたし羨ましくって夜中に廊下で待ち伏せしたわ。『仕事を代わって』ってお願いするために。エミリーだけじゃなくて、前の子にも、その前の子にも。でもみんな決まって怖い顔をして『あっちへ行って』って言うのよ。せっかくの特権を譲りたくないんだわ」

変なの。話を聞きながらトリシュナは思った。なんだかとても違和感があるようだ。
「そんなに良い仕事なのに、どうして前の子やその前の子は仕事を続けていないの？ 次の子に変わっちゃったんでしょ？ 」
「それなんだけど」
アイーシャはトリシュナの方にぐっと身を乗り出すとその分声を潜めて言った。
「院長先生のお気に入りになった子は、そのあと決まってみんなより早く里親が見つかってここを出ていくの。……贔屓があるってことよね。それでその後に次のお気に入りが選ばれるってわけ。ご飯も寝る場所もあって感謝してるけど、こんな働きづくめの暮らしからは早く抜けたいじゃない。だから私、朝は寝坊をしたいっていうだけじゃなくって、先生の夜食当番になりたいのよ」
だから今度こそ絶対、仕事を変わってもらわなくっちゃ。独り言のように最後はそう結んでアイーシャの話は終わった。


　　　◇


　騒ぎというのはその夜起きた。皆が寝静まった後、喉が渇いて水を飲みに台所へ降りてきたトリシュナは勝手口の方向がなにか喧しいのに気が付いた。よく聞けばそれは裏庭の鶏小屋の方で聞こえるようである。夜は寝ている筈なんだけどな。トリシュナはそう独り言ちて、そっと勝手口から庭に出た。鶏小屋は今では専らトリシュナの大事な仕事場みたいなものであったし、責任感のようなものがあったのだ。外はちょうど涼しいくらいの風が吹いていてトリシュナの長い髪を揺らした。月の明るい良い晩である。他に聞こえるようなものはない静かな夜だったから、勝手口を出た瞬間から喧しいのは鶏がぎゃーぎゃー喚く声だと知れた。それでもなにがそんなに騒がせるのかと、トリシュナは服の下のナイフを握りしめながら静かに小屋に近づいていく。狐かなにか、来たのではないかと思ったのだ。あるいはもう少し大きな、凶暴な獣だったらどうしよう。そんな風に緊張して中を覗き込んだトリシュナは騒ぎの原因を見て目を丸くした。
「あ……」
　そこにいたのは少女である。小屋の床に座り込み、膝を抱いて静かに啜り泣いている。お揃いのエプロンを見るからに同じ孤児院に住む子供のひとりに間違いない。咄嗟に名前が出なかったのは驚いたせいというだけではなく、トリシュナが今までその子とあまり顔を合わす機会をもたなかったためである。少し逡巡した後、トリシュナは状況から判断してこう呼びかけた。
「エミリー？ 」
　バっと少女が顔を上げる。月明りが泣き腫らした様子の彼女の顔を照らす。夜で色味は分からないが、ふわふわとした明るい巻き毛のとても可愛い女の子だった。
「ええ、そうよ……あなたは？ ううん、誰でもいいわ。閉じ込められたの、お願い、ここから出して……」
　トリシュナが小屋の鍵を開けるや否や、エミリーは転がるように中から飛び出してきた。そのまま勝手口に向かって走りだそうとするが、長くしゃがみ込んでいたせいか上手くいかず足をもつれさせて地面に転んだ。トリシュナが驚いて助け起こすと、肩が酷く震えていて動揺しているようだった。
「だ、だいじょうぶ？ 」
　心配して問いかけるトリシュナの言葉が聞こえているのかどうか、エミリーは口の中でぶつぶつと何事か繰り返し錯乱している様子だ。それでも辛抱強く耳を傾けていると何とか、アイーシャが、と聞き取れたのでそれでトリシュナはピンときた。昼間の会話から察するに、どうやらアイーシャは無理やりにでも彼女に仕事を変わってもらうことにしたらしい。それで鶏小屋に呼び出して鍵をかけてしまったのだろう。
　トリシュナは困って周りを見渡した。勝手口はすぐそこで簡単にたどり着けそうに見えるけど、エミリーの様子は明らかに普通じゃないし、誰か人を呼んできた方がいいかなと考えたのである。そんな風に思案していると不意に強い力で肩をぎゅっと引っ張られたのでトリシュナは悲鳴をあげて尻もちをついた。地べたに転んだままのエミリーが縋り付くようにトリシュナの肩を掴んで揺さぶっているのだった。
「ね…ねぇ、あなた、私の代わりにあの子を連れ戻して」
「うぅ、痛いよ。離して……」
「じゃないとあの子、アイーシャが、私の代わりに先生に夜食を届けにいくわ」
それがあまりに冷たく絶望した声なのでトリシュナは思わずドキリとした。
「……仕事を取られるのがいやなの？」
鬼気迫る様子に気圧されてトリシュナは恐る恐る口にする。するとエミリーはぶんぶんと千切れんばかりに首を振るのだ。両手で顔を覆い啜り泣く、その指の隙間からくぐもった震え声が聞こえた。

「あそこでなにがあるのか知られたくないの。死んだ方がマシ。黙って死ぬ方がマシよ」


　　　◇


　厨房の隅の暗がりに、アイーシャはいた。
友人を連れ戻すために急いで家の中に戻ったトリシュナは、探していた相手が食料棚の陰に隠れてしゃがみ込み、ぎゅうと縮こまっているのを見つけ「わっ」と驚いた声をあげた。
「どうしたの？ 」
どきどきと鳴る心臓を抑えてトリシュナがそう声をかけると、アイーシャはびくっと肩を揺らして顔を振り仰ぎ、それからトリシュナの姿を見て泣きそうに顔を歪ませた。顔面は蒼白で怯えた表情をしている。足元の床にお茶を入れるためのポットが転がっていることにトリシュナは気が付いた。
「それ、先生のところに持って行かなかった？」
　なにかにぶつかったのか少し底がひしゃげている。アイーシャの目が動揺に泳いだ。少しの間があって、囁くような声で紡ぎだす。
「……持っていったわ」
「それで？」
「わかったの」

　今までここでなにがあったのか、分かったわ。アイーシャは凍える声で呟いて膝を抱き寄せた。細い指が小刻みに震えている。
「でもあなたには言えない……。こんな恥ずかしいこと、誰にも知られたくないもの。みんなもそうだったのね……。でも私、逃げてこれたわ。持ってきたポットで咄嗟に顔を殴って。蓋が開いて熱いお茶が飛び散ったから、それで隙ができたの。でも、すぐ追いかけてくるわ。そうしたら私、どうしたらいいの？ エミリーに代わるなんて言わなかったらよかった。どうしていいか私、わからないの……」
　鶏小屋の前で立ち尽くしていたときのように、アイーシャは心細そうに困り果てた様子だった。それでトリシュナはおずおずと彼女に申し出たのだ。
「あのね、わたし、手伝うよ」
「……え？」
「先生にお茶をもっていくの」
　アイーシャの顔が蒼褪めた。だめ、と小さく呟く声を無視してトリシュナは床に倒れたポットを拾い上げて胸の前で抱えた。鶏小屋の扉をあけるぐらいなんでもない仕草だった。
「大丈夫」
　　　

廊下の先の一番突き当りに院長先生の部屋がある。トリシュナはその部屋のドアを控えめにノックした。火傷の治療をしていたのだろう。白いガーゼを顎の下にあてながら不機嫌そうに扉を開けた院長はそこにいるのがトリシュナだと見て取ると少し驚いたようだったが、すぐに愛想のいいニコニコ顔に表情を変えると「それでもいいか」と呟いた。トリシュナに言ったというよりは独り言のようである。
「ありがとう。中へ運んでくれるかい、そこの机に。いい子だね」
台所で調達しなおしたカップとポットの載ったトレーをトリシュナがそっと机に置くのを見届けると院長はトリシュナの肩に手を置いた。さり気なくポットから遠ざけるようにトリシュナの体を引き寄せる。袖のないワンピースから覗くトリシュナの剥き出しの腕の鱗状の痣を太い指がさり、となぞった。
「どうして君がここに来たんだい？ 」
「代わりに行ってって頼まれたの」
「ああ、そうか。そうか」
　少し訝しむようだった院長先生はそれを聞くと大げさなくらいに頷いて笑みを深くした。トリシュナのことを友達から身代わりに突き出された羊のようにでも思ったのかもしれない。
「君は本当に気の毒な子だね」
　おいで、と院長は言って部屋のベッドに座るようトリシュナを促した。表面的には親身に話を聞こうとする慈善者の雰囲気で隣に腰を下ろす。
「燃える家に一人で残されていたんだろう？ 」
同情的な口ぶりだった。何を言おうとしているのか知ろうとトリシュナは大きな目で院長の顔を見上げた。
「家族も、友達も、君をここに連れてきた男でさえ、今も君のことを守ってくれようとする人間が誰もいないのは本当に気の毒なことだよ」
「あっ」
　不意に強い力で押されて、トリシュナは仰向けにひっくり返った。捲れ上がったワンピースの裾から痣に覆われたトリシュナの痩せた足が腿の付け根まで露わになる。鱗のようにぼこぼこと出っ張った肌の感触を珍しがるように院長は手のひらで撫で上げた。トリシュナは頭にきた。
「いや！」
「女房が、数が不吉だから早く減らせってうるさいんだよ。エミリーはだいぶ傷んでてね、もうそろそろだと思ったから君を迎え入れたんだ。古いのをダメにする前に、新しいのを用意しておこうと思って」
　小さな女の子が好きだ。というのが院長の言うことだった。特に痩せていて気の毒そうな様子の、そういう娘をいたぶるのが好みである。そのうち弱って死んでしまってもごまかしが利くような、子どもが絶えず入れ替わっても疑われない場所として、男は孤児院の経営を装っていた。妻は夫のおぞましい愉しみに気付いてはいたが、異常者とも思える夫の手綱を引くのはとうに諦めて、ことが露見しなければよいとその手伝いすらしていたのである。
「本当は今夜、間引きするのはエミリーのつもりだった。けれどあの子はここに来なくて、別の子が来た……その次に君が。うん、身代わりというわけか？ 私としては散々焦らされて、それならもう君でいいかという気持ちなんだよ」
気の毒だと院長はまた口にした。けれどその同情的な言葉とは裏腹に、目の前の子供が哀れであることを心の底から愉しんで抑えきれない、にやついた笑顔を浮かべている。ふっとトリシュナの肩から力が抜けた。
「あのね」
　トリシュナは言った。
「たすけてくれなくたっていいの」

　他に人と接する機会がなかったから男の人の体温をこんなに近くに感じるのは森でアスタルといたとき以来、二度目のことだった。トリシュナは自分の手にナイフを握らせたときのアスタルのことを思い出していた。ぎゅっと押さえつけている手の中で鼓動を打つ野鼠の心臓の音。もう一方の手にナイフの冷たくて固い感触がある。
「可哀想だよ」
縋るようにトリシュナは言った。怖くて震えるトリシュナの手を包むようにアスタルが手を重ねて、ナイフをしっかり握り直させた。
「まぁな」
気怠げでつまらなそうなアスタルの声。だけど―、とアスタルは言ってトリシュナの手を導いた。
「人を殺すときはもっと『可哀想』だって思う」
そのための練習だった。


　院長の男はトリシュナが持っているものを見つけると一瞬、不思議そうに目を瞬いた。トリシュナが強く手の中に握っている白っぽいきらきらした光。やがてそれがナイフなのだと気がつくと、馬鹿にしたような呆れたようにも見える嘲笑の表情を浮かべて口を開き……それからゆっくりと崩れ落ちた。贅肉に膨れた体から嘘みたいに大量の血が流れ出して、見る見るうちにシーツが真っ赤に染まる。
「そんなもので」
そう言いかけたようにも見えた男はきっと最後まで自分が小さな女の子に殺されたなんて気づきもしなかっただろう。鳴き声を上げる間もなかった鶏のように。それはトリシュナのたったひとつの他人より良くできることだ。

ドサリと倒れ被さってきた院長先生の体は不快に重たく、その下から抜け出すのにトリシュナは汗だくになってしまった。ふぅ、と息を吐いて小山のような死体を眺め下ろす。
と、ふわりと何かが頭のてっぺんを撫でた気がした。
「アスタル？」
　手のひらの温かい感触がしたと思って見上げるが、それは窓から入る風が通り過ぎただけらしい。けれどトリシュナは安心して微笑んだ。
「ありがとう」


　　　◇


トリシュナが廊下に出ると、異変を感じて様子を見にきたのだろうか、院長夫人が階下から上がってくるところだった。
「もう十二人になったから大丈夫だよ」
トリシュナがそう声をかけると夫人はぎょっとした顔でトリシュナのことを見返し、そのうち何か思いあたることがあったのか夫の寝室へ慌ただしく駆けていった。

汚れてしまったエプロンを外して洗濯かごに放り込む。そのときだけトリシュナは少し申し訳ない気持ちになった。一緒に過ごした子供たちのことを考えて、また洗い物に苦労させるかもしれないと思ったのだ。部屋に戻らず一晩中台所と続きの廊下を行ったり来たりしていたらしいアイーシャは、トリシュナの姿を見つけると慌ただしく傍に駆け寄ってきた。いつのまにか空が白み、もうすぐ朝が来るようだ。トリシュナはそのまま堂々とした足取りで孤児院の表門へ向かっていった。戸惑って不安そうなアイーシャの声が後ろを追いかけてくる。
「どこへ行くの？ トリシュナ」
　浮足立った気持ちでトリシュナはその言葉を背中で聞いた。胸元にしまったナイフの柄をしっかりと握りしめて、トリシュナはこれまで出会ってきた人の言葉を思い返す。
『あなたは周りを不幸にするからお外に出ちゃいけないの』『お前は不吉だから、うちには受け入れられないよ』
みんなトリシュナに、他人のために自分を犠牲にすることを教えた。逆のことを教えてくれたのはアスタルだけだ。アスタルだけが、誰かを害してでも自分を優先することを教えてくれた。

　―まもってくれなくたっていいの。

トリシュナは思った。自分のことを守れるようにアスタルが教えてくれたから。そのことにさっきようやく気が付いたのだ。それは側にいてくれることよりも長く、確実に自分を守ってくれる贈り物だ。

明るい声でトリシュナは答える。アスタルがくれたお守りで、今は彼を追いかけてだっていける気がした。

「どこにでも」


おわり
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		<title>彼が煙草を嫌うわけ（テツジンとアスタル）</title>

		<description>即興二次創作ログ　/ ジャンル：回転むて…</description>
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			<![CDATA[ 即興二次創作ログ　/ ジャンル：回転むてん丸 お題：煙草と事故 制限時間：30分

アスタル・テイムの首の後ろにちいさな火傷の痕があるのに気が付きましたので、それは何かと私は訊ねました。
「あー、これは事故だな」
爪先の割れた彼の指が、赤茶に変色した皮膚を抑えます。古いもののようでした。自分では見ることのできない場所なのに、迷わず正確に触れたところをみると他人から指摘され慣れているようです。それなのでその答えももう何回も口にした、というように多少に気だるげで面倒くさそうでした。
「ガキの頃だな。親父が俺を抱いてるときに、煙草を吸ってたんだよ」
　おふくろがみつけて、声をあげてさ、そんでびっくりしたんだろうな。背中のことだから知らねーけど、親父が煙草を落としたか俺が急に動いたかしたんだろう。火傷はそんとき出来た。アスタル・テイムはそう言いました。家族の話を聞くのははじめてです。

「あなたにも両親がいたのですね」
「ろくでもねーけどな」

吐き捨てるような彼の言葉を私は聞きとがめました。家族のことをそんな風に冷たく言うのは寂しすぎます。

「確かに煙草を咥えたまま子供を膝に乗せる父親は褒められるものではないでしょうが、しかし子供を抱くという行為には愛情を感じます。不器用ながらも微笑ましい家族の温かみを想像させる」

私が言うと、アスタルは噴き出すように笑いました。

「ああ、そうか。『抱いてる』なんて上品に言ったからわかんねーんだな？」

いつも咥えている棒付きのキャンディをアスタルは口から離して唇を舐めました。多くの口寂しい兵士がそうするのとは違ってアスタルは煙草を吸いません。

「だからさ、親父が俺を後ろからファックしてる時に煙草を吸ってたんだよ」

　だから俺は非喫煙者としかセックスしないんだ。アスタルの指がまた神経質そうに火傷の痕をなぞりました ]]>
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		<dc:date>2020-09-27T22:47:18+09:00</dc:date>
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		<title>海の色は何色か（アストリ＋メル）</title>

		<description>即興二次創作ログ / ジャンル：回転むてん…</description>
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			<![CDATA[ 即興二次創作ログ / ジャンル：回転むてん丸 お題：闇の海 制限時間：30分

　これは海の絵なのよ、って言ったらお姉ちゃんはぱちんてゴムで弾かれたみたいにクレヨンを落としてしまったからメルは悪いことをしてしまったみたいなのね。
「あ、ええと。ごめんなさい」
そういって大きい目をぱちぱちさせる。お姉ちゃんのお目目は黒くてまん丸でいつも泣きそうにうるんでる。先週おうちにやってきたトリシュナお姉ちゃん。背は高くってうんと痩せてる。いつも元気でお仕事をしているリオラおねえちゃんとは全然違うみたい。トリシュナお姉ちゃんはびっくりしたみたいに固まって動かないから、指から落ちたクレヨンがころころ行ってしまうのをメルがつかまえてそれでちゃんと箱に戻したのね。


「なんだ、お前。ガキに遊んでもらってんのか」

　お姉ちゃんの後ろから背の高い男の人がにゅっと姿をだした。お姉ちゃんと一緒に街にやってきた人よ。よそのお国から来たみたい。ふたりとも住むところがないから、少し泊めてくださいって言ってリオラお姉ちゃんのところで働いてるの。トリシュナおねえちゃんは、お料理やお皿洗いがあんまり得意じゃないみたい。あんまりお皿を割るものだからとうとうメルと一緒に厨房を追い出されちゃったのよ。メルは、遊び相手ができてうれしいけれど。

「あのね、アスタル。海の絵を描いてるんだよ」

おねえちゃんが嬉しそうに振り向いた。男の人は怖そうな顔なのに、トリシュナおねえちゃんの目は泣きそうにはならないから不思議なのね。
「アスタルも、描いてよ」
私は間違っちゃったみたいだから。トリシュナおねえちゃんがしょんぼりした顔で言うの。あのね、メルはとっても悪い気になるわ。それでそっとクレヨンの箱をおにいちゃんに貸してあげたのね。それで、ピンクでも緑でもどんな色を選んでも今度は黙っててあげようって思って見守ったのよ。だってトリシュナおねえちゃんがあんまりしょげちゃってかわいそうなのね。
でもおにいちゃんが選んだクレヨンを見て、メルはびっくりして声をあげちゃったの。

「どれ」
「あ」

　そのクレヨンはおねえちゃんがさっきつまんだのと同じ色だったのよ。今まで周りにそんな色で海を塗る子はいなかった。メルは青い海しか知らないの。だからなの。不思議に思って訊いたのね。
「……あのね、ふたりはどんなとこから来たの？」
　お兄ちゃんの目が眼鏡の向こうでニィって細くなったの。ふたりが選んだクレヨンと同じ色よ。赤いのね。それでとっても怖いのよ。

「戦場」

そういう色の海もあるのね。 ]]>
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		<title>蛇の智（カラアゾ）</title>

		<description>※リプライ来たCPで死ネタを考える企画のア…</description>
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			<![CDATA[ ※リプライ来たCPで死ネタを考える企画のアーカイブです

　社長は大変聡明で、それでいて白痴のように愚かにも思えた。特に貧富や生まれの区別が激しいこの街で、私のような卑しい男を構わず腹心にするような、そういうところは。

　私は蛇の混血で、狡猾なので、10年以上も前から社長の皿に毒を混ぜていた。長い時間をかけて体と精神を蝕み、周りに気が付かれないよう、少しずつ子供のように物が分からなくしてしまう為に。同じ時間をかけて私は社長に取り入って、すっかり馬鹿になってしまった裕福な彼から、彼の財産や、彼の一族の名が持つ権力、彼がその恐るべく才能で世に普及させたオート義肢の販売権利などをすっかり奪った挙句に殺してしまおうと考えていたのでした。 

　やりくちが執念深く陰湿なのはやはり私が蛇だからでしょう。私が金網で隔てられた貧民区画から、富裕層の子供の通う学校を見上げて、いつかあの場所を奪ってやろうと野心を抱いたのは私が８つのときです。社長は、気まぐれでわがままな性格だったけれど、人種や貧しさで私を避けることはしなかった。それが隙でした。傲慢で尊大な性格を持て余されて、ひとりでいることの多かった幼い日のアゾットに私は金網ごしに話しかけ、彼が私を彼の遊び相手として両親に買い取らせるようにしむけたのです。王様のようなわがままと気まぐれに耐えながら、私は彼と一緒に育ちました。差別階層に生まれながらも、大学をでることができたのもそのおかげです。私はアゾットに張り付く為に、彼の継ぐであろう会社の手伝いをできるような分野を収め研究職に就きました。 

　毒は彼が１５の頃から少しずつ食事に混ぜだしたのです。　 
　7年程は、彼の頭脳にまるでなんの影響もないようでした。社長は常の奔放で子供じみた振る舞いからは想像できないほど利発で才覚があり、大学を出て会社の経営に携わるようになると、医療補助機器の分野で目覚ましく活躍し彼のダイハンド社は名を知らない者のない一大企業となりました。幼稚な振る舞いや軽率さが目立ち始めたのはそのあとからです。感情の発露が、おおげさで激しくなりました。小さな子供の発言にムキになったり、食事に嫌いな食べ物が出たと言って騒いだり。元より気難しい人なので誰も訝しがりませんでした。数年もするうちには、社長は語尾の伸びる呂律の妙な声で騒ぎ私を呼びつけて、髪を結うように命じるようになりました。甘いものがないと癇癪を起したり、椅子を蹴って足を揺らすようになりました。 
　子供じみた彼の振る舞いに、周りはすっかり呆れていて、社長の身の回りの世話をするのはもはや私ばかりになりました。私は社長の専任秘書として、役員たちからの報告を取り次ぎ、また重要な決定をアゾットに黙って社内に下すようになっていました。アゾットは昼も夜も眠っている時間が増えたので、私は彼の咎めを受けずにそういうことができたのです。もう目の前です。金網の向こうのおろかな子供をふかふかなベッドから追い出して、私が成り代わるのは。 

　けれど私はあまりに時間をかけすぎたのです。およそ十何年も、悠長に構えているべきでは本当になかった。 
アゾットの知能が目に見えて衰えはじめたのに気づいたとき、私の胸をさしたのは後悔と寂寥でした。長い間、傍に控えて暮らすうちに、私はこの不遜で横暴な、賢い私の主をすっかり好きになってしまったのでした。社長はとても聡明で、気が合わなければどんな権力者にも無礼に振る舞うし、しかし生まれを理由には、大企業によくあるような半獣の差別非雇用を決してしなかった。 

　私はこの一年ずっと、社長の体に蓄積した毒から彼を救う方法を考えて来ました。彼から乗っ取った社の総力を上げ、彼に通わせてもらった大学で身に着けた知識を駆使して。そうして彼に敵わないと舌を巻いたのは、私が留守の間に彼が私の研究ノートにクレヨンで落書きをしたその内容が、まるですっかり彼を救う解決策そのものであったことです。 

　私は社長を抱き上げました。頭と同じだけすっかり体の弱った社長は「あ、あ、う、う」と赤子のような声をあげて嫌がりましたが、私が泣いているのをみるとその痩せた手で私の頬に触れました。 

「ああぎ」 

　カラギ、と呼んだのでしょう。その数十分後、私が研究ノートを胸に抱き、医薬開発部に至急の連絡をとっている間にアゾット社長は毒性の高いクレヨンを誤飲して死んでしまいました。 
　新薬は開発後、多くの人を救い、ダイハンド社はさらに名声を手にしました。 ]]>
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		<dc:date>2020-09-27T22:34:41+09:00</dc:date>
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		<title>あなたは悪夢に似ている（カラアゾ）</title>

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　蛇は執念深いと申しますでしょう。で…</description>
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			<![CDATA[ 
　蛇は執念深いと申しますでしょう。ですから私はずっと覚えていて恨みに思っていたのです。幼いあなたがはじめて私をお屋敷に連れてきた日、あなたの母君が私を見たときの嫌悪の表情を。あなたにそっくりな美しい顔を歪めて「いやだ。アゾットを汚したりしないでちょうだいね」そんな風に言って、自分のドレスの裾も触れないように指でつまんで私から遠ざけたのを。たったそれだけのことを、もう二十年も。

　そういえばあなたの一族は、みな容姿がよく似ているのですね。あなたの家の長い廊下に額に入れて掲げられた曾御爺様だか曾々御爺様だかの肖像画を見るに、おそらく何世帯にも渡って。あなた方は長らく、あまり卑しい身分のものとはお近づきになろうとしなかったのではないですか？　由緒正しい貴族の血筋というのは今ではもう本当にごくわずかになってしまったと聞きますし、それは先の時代の革命で大部分の貴族の家々が燃やし狩りつくされた故ですが、とにかくあなた方の血は濃く、その親交の範囲は狭い。近親交配は遺伝子の異常を引き起こすと言われていますが、あなたの視力が生まれつきに弱いのと、舌の麻痺による言語の障害はそのためではないかとかねてから私は思っていたのです。


「カラギ」

　独特の癖のある発音で、あなたは私の名前を呼びます。今は葬儀の後ですから、いつもの優雅な裾の長いお召し物ではなく黒い喪服。子供のように両手を伸ばして私に向けたあなたは、「脱がせてくだサーイ」と言葉こそ丁寧であれ、命令することに慣れた者の態度で私に言い付ける。

「ええ、社長。よろこんで」

　ひとり寝するには随分広いベッドに腰掛けて、あなたは私があなたの服を脱がすのを待っている。シワにならないように気を遣ったのはジャケットだけで、あとはあまり考えもせずネクタイを解きシャツのボタンを外して、そのままの流れであなたに口付ける。シーツの上にされるがままゆっくりと押し倒されたあなたは特に驚いた風もなく、私の首の後ろに腕を回した。

「さっき母を送ったばかりデース」
「ええ。嫌いな女の葬式のあとで喪主を犯すのは興奮します」
　
そう。今日はあなたの母君の葬式だった。黒いドレスの彼女が土に埋められるのを見送った後で、その顔にそっくりなあなたを抱くのは酷く高揚することだった。
二度目がないのが残念です。私が言うと、あなたは意地が悪そうに目を細めて笑った。本当によく似ている。まるでさっき土に返したはずの女が生きてそこにいるようだ。傲慢で自信に満ち溢れた態度で、組み敷かれているはずなのに、どういうわけかはるかに高いところから私を見下ろしている。

「二度目がナイなんて、誰が決めたんデース？」

ぞくりとしたのはあなたの冷たい機械の義足が私の足に触れたから、というだけのせいではありません。
「もう一度生き返らせればいいデショウ」
くっ、くっとあなたは喉を鳴らす。
不老不死。それが脈々と続くあなた方錬金術師一族の悲願であることを私も知っています。痺れた舌で簡単デースと嘯くあなたはご自分が一族の望みを遂げられると信じて疑わない。いえ、私も半ば確信している。あなたなら、あなた方ならやりそうだ。あなたが駄目でもいずれ、あなたの子供か、さらにその子か……あなたによく似た容姿を持つ、誰かがやり遂げるだろう。

銀色の細い髪を指で梳きながら、私は今夜長い廊下に追加された一枚の肖像画のことを思い浮かべていました。何代にも渡るダイ家の肖像はどれもそっくり同じの美しい顔をしている。一番新しい肖像となったあなたの母君も。
あなた方はすでにもうまるで不死だ。あなたが母君の姿を受け継ぐように、あなたが死んでもまた次のあなたが同じ形に同じ思想と魂を持って生まれてきて。そうしてまた汚らわしい虫でも避けるようにドレスの端を摘まみ美しい顔を歪めて私の前に立つだろう。私は夢想せずにはいられない。執念深い私が二十年忘れられぬ、初めて恋した人と同じ姿形をして。それはなんて素晴らしくおぞましい。

あなた方は悪夢のようだ。





おわり
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