どう見たって金城は確かに死んでいるし、用意された遺書を見れば彼が自殺であることは火を見るよりも明らかなのだった。そんな風に目の前の事実が揺ぎ無いので、それで新開もてらいなく気さくな素振りで口にすることができたのだ。
「どうにもならねぇな」
それっきり考える気のないらしい新開は菓子を齧っている。口元からぼろりと欠片がこぼれて地面に転がるのを福富は一瞬咎める目で追ったが、彼の方は今それどころではなかったので口に出して指摘はしなかった。諦めきれない声色で、本当にそうだろうか、とのみ繰り返した。
「どうにかならないか」
「だけど、どう見たって自殺だぜ。遺書を書いてあそこの窓から飛び降りた。寿一が留守の間にだ」
「だが、しかし」
「警察を呼ぶよ。……呼んでいいんだろ?」
携帯を取り出して電話を掛け始める新開の隣で、福富は納得のいかない様子で歯噛みした。
福富と金城は交際をしていた。ふたりで家を借り、暮らしている。アスファルトに頭を打ち付けて倒れている金城の死体と、残された手紙、鍵の掛かった玄関に開けっぱなしの窓。目の前の状況は間違いなく金城が自殺であるということを物語っていたが、そんなことは福富には到底認めることができなかった。まして金城の残した『単独で死にました』という奇妙な遺書を。
「金城は俺が殺した。6時間も前だ!即死だった」
福富が家を出るとき、金城は確かに死んでいたのだ。
小さな諍いからついカッとなって手が出てしまった。動かなくなってしまった金城がなんとか生き返りはしないかと福富は散々その体を捻くりまわしたので、どう疑っても足掻いても金城が死んでおり、手の打ちようがなかったことは間違いない。とんでもないことをしたと思っている。
福富は呆然としながらその足で警察に向かおうと家をでたのだ。実際には酷い心神喪失状態で、どこにたどり着くこともなく深夜の町をふらふらと徘徊しているところを新開に保護されたのだった。
そうして要領を得ない福富の話から事情を汲み取った新開に付き添われ、福富が再び自宅へ戻ったときにはもう空が白み始めて、金城が死んでからはもう6時間が過ぎていたのである。
「パトカーなんて呼んだのはじめてだから緊張したよ」
屈託なく笑って新開がスマホをポケットにしまった。待とうぜ。そう言って隣に立つのを福富は無言で肯定した。程なく警察が来るのだろう。責任を、取ることはできるだろうか。硬い顔をする福富を新開は見透かすようなのだった。
「おめさんが考えてることはわかるよ、寿一。死体が自殺したんだろうな。殺されたあとに。信じらんねぇ話だけど、まぁ、そうなんだろ。俺が殺しましたなんて言ったって、こんなこと誰もまともに取り合っちゃくれないぜ。自殺ってことになるさ。本人が言ってんだ。『単独です』ってさ。だけど勝手言って悪いけど、俺は金城くんに感謝してるよ」
そこまで言って新開はじっと福富の目を見た。 金城の好意に乗じて、黙っていよう、と新開は言っているのだ。福富はそんな視線から逃れるようにきつく目を閉じて、どうにかそうならない道を探したが、たどり着くのはやはり『どうにもならない』そんな答えなのだった。
無言のまま待っていたのはどのくらいの間か、やがて静寂を裂いてサイレンの音が近付いてきた。
「事情聴取ってやつかな。きっと色々聞かれるぜ。おめさん、腹は決まってんだろう?」
「……仕方がない」
「じゃあ、行くか?」
自転車、続けるんだろう?そう言外に新開の目が問うている。結局それが、金城の望むところになるらしい。福富は深く頷いた。
「ああ、行こう」
なんとなく夏が偲ばれた。
スポンサードリンク