※モブ視点

     先頃、おもしろい男に会ったよ。今みたいな雨の日さ。まぁ、退屈しのぎになるかも知らんが。
    薄暗い昼の日だ。こんな辺鄙な村の片隅の家に乞食がきた。背中に子供をおぶさっていたな。ああ、いや、身の丈が小さくって手足が細っこいもんだからこのときには子供みたいに見えたって話だ。とにかく二人連れだよ。雨の寒さと、ひもじさに困っていたろう、深々と頭を下げて「なにか食べ物を分けてくれないか」と言った。はっきり言えば、うちだって食糧に余裕はない。こんなご時勢だ、どこへいったって余裕のある家は少なかろう。けれど長雨のために、私はすっかり退屈していた。そこで男をなかへ迎え入れて「なにか面白い話をしてくれたらいい」そう言ってアワなんか混ぜた握り飯を渡してやった。
    男は板張りの床に腰を下ろして、笠とほっかむりを外すと、少し考えていたようだ。実のところこの男、乞食なんかさせてるには惜しいような、眉が凛々しくて目つきの鋭い・・・まぁ言うならなかなかの美丈夫さ。

    「この男の話だが…」

    乞食は連れてきた子供を指し、ゆっくりと口を開いた。

    「これは俺がある城の忍びをしていた時分、山に住み着いてたのを拾った餓鬼だ」

    十年近く前だと言う。私が、えっと思って、そんならこの子はいくつだろうと訊くと正確なところはわからないが歳は既に二十を超えているだろうと返ってきた。それにしては体が小さく手足も華奢で、随分幼くみえる。それに年端の行かぬ子供のように言葉を解さぬらしく、ああ、うう、と奇声を発し男の袖にまとわりついている。なにか病気でも持っているのだろうか。ここらの村でも生まれつき知恵の遅れたものはああなる。最初に思い浮かんだのはそんなところだった。

    そんなか弱げな子供の話だ。眼球は白く濁って黒目はない。男はこれを犬のように「シロ」と呼んでいた。男はその昔、忍びをしていたという。ある飢饉にやられた村を通るとき死体の乳を吸いながらまだ生きていた子供がいた。8つか9つ頃の年に見えたという。男はこれに持っていたにぎり飯をやった。荒んだ仕事をしているとときにそんな善行をして均衡をとりたくなるのだそうだ。と、そこまではよかったが、飯を受けとった餓鬼がどうもすっかり懐いたか、いつまでも後ろをついてくる。男は当時はそれはもう若く腕のたつ忍びであったから、こんな子供を巻くことなど容易な筈だったが、野に入り山に入り、もういいだろうと振り向くと子供がにこーっと笑ってそこに居るのだ。これは鬼にでも見込まれたか。男は思ったらしい。

    結局、小さな子供を背中に貼り付けたまま男は仲間と合流し「城下きっての凄腕と呼び名の高いお前が子供一人振り切れないとは」と大笑いにされたらしい。その後の道すがらのことだ。男と仲間は土砂崩れに巻き込まれた。仲間はすべて死んだが、凄腕と呼ばれる忍者はその直前「猿の方角からいやなものが落ちてきますよ」と白目が耳元で囁いたので無事だった。このとき子供はいやにしっかりと大人のような口ぶりで話したという。さらには不思議なことに、落石に打たれて甲を砕かれた凄腕の男の怪我も白目が触れると治ったのだ。これは奇妙だが良い拾いものをした。そんな風に思って以降、凄腕はこの白目を仕事につれてまわった。「シロ」という呼び名を付けて、周囲にはこれは俺の弟子だと言い仕事の手伝いもさせていたが。

     シロは勘がよく危険によく気が付き、また不思議と他人の傷を癒やしたので、凄腕の忍者は死地の任務からよく生きて帰った。このときには稼業の評判も随分あがった。幾年かのときが経って、男の傷を癒やせば癒やすほど、白目の頭が馬鹿になっていることに気がついたのはいつからだったろうか。まるで大人のような口をきいていた8つの子供が今度は大きななりをして、やれ蜂の巣をつついて刺されただのやれ穴に落ちただの言って泣くようになった。話せる語彙も随分減った。それでも男はシロをつれて仕事に出続けた。ある致命的な負傷を白目が治したとき、男は白目がもう二足の足で立つことも忘れて言葉を発さなくなったのに気づいた。

     男はそこでようやくこの人か妖怪か分からない子供が、自分に随分よくしてくれたことに気がついた。深い、後悔をしたようだ。もはやこれ以上、血を流してはならない。どんなになってもこれは自分を癒やすだろう。そう知ったのだ。男は抜け忍になった。城に仕える以上、命令を拒むことができなかったし、血のひとしずくを流さずに忍びなど、到底続けられやしなかったのだ。男は乞食をしながら西へ西へずっと逃げている。

    「これは今はもう自力で飯を食うこともできない。俺があと一太刀でも浴びたなら、その傷を癒すため呼吸の仕方も忘れるだろう」

     それが俺は怖いと笑って、男は口の中で柔らかく咀嚼したあわのおにぎりを白目の男の口の中にどろりと移してやった。長生きできるといいんだが。雨が小降りになるのを待ち兼ねてこの家を去った後、彼らがどこに向かったかはしらない。



    おしまい

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