「これは毒入りだからみんなで食べなさい」

     そんな風に言われたので、おそ松とカラ松は困ってしまった。手の中には6個入のまんじゅうが一箱。六人も一緒に生まれて、揃いも揃って働かない自分たちの面倒を長いこと見てくれた母はすっかり老けていて、「冗談だろう、マミー?」なんていう次男の言葉にもぼうっと呆けたように壁を見たきり、まるで反応を返さないのだった。父の松造が死んでから(脳梗塞で急死だった)、既に若くない松代はさらに十歳は老けこんだし、僅かばかり下りた保険金を運用詐欺ですっかり全部やられてしまったのも痛かった。齢67、松野松代には、もはや無職を六人も養う金銭的余裕も気力も残っていないのだ。
     毒入りまんじゅうは、せめて情けない我が子たちが飢えた末にのたれ死なないで済むようにという母らしい甘い気遣いかもしれないし、もうお前たちにくれてやるものは毒まんじゅうくらいだから死にたくなければどこへなりとも消えてくれ、そういう意味かもしれない。どちらにせよおそ松とカラ松は、毒と言って渡されたまんじゅうの真意を母親にこれ以上追求できなかった。なんだかただならぬ、そういう雰囲気だったのだ。

    「どうするよ、これ?」
    「どうするって言われてもな……」

     ふたりの兄はそんな風に言い合ってゆっくりゆっくり弟たちの待つ部屋に上がっていった。

    「だってこれ毒だって聞いたの俺たちだけだよ。ふたりぐらいならさぁ、母さんの年金とかでなんとかなんじゃないの?」

     ついには長兄がそんな風に言ったのでカラ松の足は止まってしまった。立ち止まったところでそこは部屋の入り口目の前だったから、カラ松はおそ松の言葉になにか口を挟むことができなかった。みんなぁ、母さんから貰ったまんじゅうだぞぉ。そう呑気な声で襖を開けて中に入るおそ松の背中と、手の中のまんじゅうの箱と、子供のようにわっとむらがる弟たちを見比べて、あっ、うっ、と短く声を切らすばかりだ。その上、おそ松が肩を叩いて言うのだ。

    「んじゃあ、俺、お茶いれてくるわ」

     ずるい。
    カラ松はそう思った。どだい長男は卑怯なのだ。こうなったらいいな、という自分の希望だけはしっかりチラつかせて、それでいて決断の部分は他人に任せるのだ。そうすると要領の悪いカラ松は引き攣ってなにかもう悪い汗でもかいてきた。もともと優しい性格なのだ。ブラザー、これは俺たちを生み育てた母親が俺たちに死ねとくれたんだ。そんな風にも言えなかったし、さぁ俺のことは気にするな、お前たちみんな食べたら良い。そんな風にも言えなかった。

    「どうしたの、カラ松。早くちょうだい」

     弟たちの目に急かされて、ついにカラ松は困り果てた。困り果てて、果てて、果てた果てにカラ松は箱のなかのまんじゅうをむんずと掴み、……食べた。

    「あっ!」

     弟達が一斉に声を上げた。なんだこいつ。意地汚いぞ。ずるいずるい。そんな声を聞きながら、さらには容赦なく足の脛を蹴られながら、カラ松は無心でまんじゅうを食べ続けた。その間、弟達は騒いだがそのうちカラ松の顔色がおかしくなってきたので、おや、という顔をした。そうして詰まるような咳をひとつ、カラ松がしたのがはじまりである。はじめ小さくコホ、と吐いた咳がふたつみっつと続き、えづくような音を混ぜながら四つ五つと続いていった。青いような赤いような顔をして、カラ松が膝をつく。もはや呼吸はヒューヒューと喘鳴している。そうして床に倒れたカラ松が激しい痙攣の後にやがて動かなくなるのを、四人は困ったように見下ろしていた。
     しん、と静かになったそのうちだ。おそ松がお茶を持ってあがってきたのは。

    「なあ、みんな。母さん居間で首吊って死んでたよ」

     それで弟達は合点した。

    「母さん、僕たちを殺すつもりだったのかぁ」
    「カラ松はそれを知っていたんだね」
    「…………。」

     それぞれがカラ松を見、そうしてまた顔を見合わせた。長い付き合いの兄弟だ。思うところはひとつだった。

    「こいつが余計なことしなければ、俺たちなにも知らずに済んだんじゃないの?」

    残された六分の五つ子たちは、誰からともなくカラ松の死体を蹴り始めた。(終)



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