お前はもっと嫌なヤツの筈だった。そう長谷部が言うと宗三は声を立てて笑った。少しも嫌味なところのない、快活な笑い声だった。
「そう、思いたかっただけなんですよ。あなたって人は、相手をろくに知りもしないで」
後悔したんじゃないですか、と子どもに接するように問いかけられて長谷部は幼く頷くことしかできなかった。手のひらが血で滑って包丁が地面に落ちた。ふふふ、とまた宗三は笑って、それで腹の傷が痛むらしい。背中を丸めて、荒い息を吐いた。
「弟がいるんですよ……10も年が離れてる。近くのスーパーで買い物をして、ご飯をつくろうと思ったんですよ……ほら、ね。今夜はハヤシライス。」
こんなにもごく平凡な、ありふれた男をどうして殺したいほど憎く思ったのだろう。
そもそも仕事の関係で、たったの一度、顔を合わせたことがあるだけの男だった。それだけでどうして自分は帰る足でそのまま包丁を買い求めたのだったか。殺意の源は確か、激しい嫉妬だったと思ったが、何に。
「あなた【僕】を覚えていたんですねぇ、へし切り」
男はそれっきり事切れて、長谷部は意味を聞き返すことさえできなかった。
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