蛇は執念深いと申しますでしょう。ですから私はずっと覚えていて恨みに思っていたのです。幼いあなたがはじめて私をお屋敷に連れてきた日、あなたの母君が私を見たときの嫌悪の表情を。あなたにそっくりな美しい顔を歪めて「いやだ。アゾットを汚したりしないでちょうだいね」そんな風に言って、自分のドレスの裾も触れないように指でつまんで私から遠ざけたのを。たったそれだけのことを、もう二十年も。

     そういえばあなたの一族は、みな容姿がよく似ているのですね。あなたの家の長い廊下に額に入れて掲げられた曾御爺様だか曾々御爺様だかの肖像画を見るに、おそらく何世帯にも渡って。あなた方は長らく、あまり卑しい身分のものとはお近づきになろうとしなかったのではないですか? 由緒正しい貴族の血筋というのは今ではもう本当にごくわずかになってしまったと聞きますし、それは先の時代の革命で大部分の貴族の家々が燃やし狩りつくされた故ですが、とにかくあなた方の血は濃く、その親交の範囲は狭い。近親交配は遺伝子の異常を引き起こすと言われていますが、あなたの視力が生まれつきに弱いのと、舌の麻痺による言語の障害はそのためではないかとかねてから私は思っていたのです。


    「カラギ」

     独特の癖のある発音で、あなたは私の名前を呼びます。今は葬儀の後ですから、いつもの優雅な裾の長いお召し物ではなく黒い喪服。子供のように両手を伸ばして私に向けたあなたは、「脱がせてくだサーイ」と言葉こそ丁寧であれ、命令することに慣れた者の態度で私に言い付ける。

    「ええ、社長。よろこんで」

     ひとり寝するには随分広いベッドに腰掛けて、あなたは私があなたの服を脱がすのを待っている。シワにならないように気を遣ったのはジャケットだけで、あとはあまり考えもせずネクタイを解きシャツのボタンを外して、そのままの流れであなたに口付ける。シーツの上にされるがままゆっくりと押し倒されたあなたは特に驚いた風もなく、私の首の後ろに腕を回した。

    「さっき母を送ったばかりデース」
    「ええ。嫌いな女の葬式のあとで喪主を犯すのは興奮します」
     
    そう。今日はあなたの母君の葬式だった。黒いドレスの彼女が土に埋められるのを見送った後で、その顔にそっくりなあなたを抱くのは酷く高揚することだった。
    二度目がないのが残念です。私が言うと、あなたは意地が悪そうに目を細めて笑った。本当によく似ている。まるでさっき土に返したはずの女が生きてそこにいるようだ。傲慢で自信に満ち溢れた態度で、組み敷かれているはずなのに、どういうわけかはるかに高いところから私を見下ろしている。

    「二度目がナイなんて、誰が決めたんデース?」

    ぞくりとしたのはあなたの冷たい機械の義足が私の足に触れたから、というだけのせいではありません。
    「もう一度生き返らせればいいデショウ」
    くっ、くっとあなたは喉を鳴らす。
    不老不死。それが脈々と続くあなた方錬金術師一族の悲願であることを私も知っています。痺れた舌で簡単デースと嘯くあなたはご自分が一族の望みを遂げられると信じて疑わない。いえ、私も半ば確信している。あなたなら、あなた方ならやりそうだ。あなたが駄目でもいずれ、あなたの子供か、さらにその子か……あなたによく似た容姿を持つ、誰かがやり遂げるだろう。

    銀色の細い髪を指で梳きながら、私は今夜長い廊下に追加された一枚の肖像画のことを思い浮かべていました。何代にも渡るダイ家の肖像はどれもそっくり同じの美しい顔をしている。一番新しい肖像となったあなたの母君も。
    あなた方はすでにもうまるで不死だ。あなたが母君の姿を受け継ぐように、あなたが死んでもまた次のあなたが同じ形に同じ思想と魂を持って生まれてきて。そうしてまた汚らわしい虫でも避けるようにドレスの端を摘まみ美しい顔を歪めて私の前に立つだろう。私は夢想せずにはいられない。執念深い私が二十年忘れられぬ、初めて恋した人と同じ姿形をして。それはなんて素晴らしくおぞましい。

    あなた方は悪夢のようだ。





    おわり
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