「唇が切れていますよ」、とテツジンに指摘されるとアスタルは一瞬虚を突かれたようにテツジンを見つめて、それから非常に呆れたという表情で眉を顰め「はぁ?」と訊き返した。なぜなら今アスタルは脇腹に大きな裂傷を負っていたし、利き腕を骨折して添え木に包帯を巻かれていたりもした。唇が乾燥して切れているなんて事柄は、今この場で全く些細なことだった。
    「細かいトコ見てんだか、なんも見てねぇんだか分かんねぇな」
    「というと?」
    「はッ、おまけに察しが悪ィときたもんだ。んなとこよりまず目に付く傷があるだろ」
    「ふむ」
    テツジンはあくまで鷹揚で、腕組みをしたままアスタルのことをゆっくり眺め回すとそこではじめて怪我に気がついたような様子だった。
    「スミマセン。顔ばかり見ていたもので」
    フン、と鼻先でアスタルが笑う。
    「物事に関心が無いんだな。……機械ってのはそういうもんか?必要最低限の情報しか受け取らねぇわけだ」
    「いえ、それと言うよりは」
    好きだからですね。テツジンがそう言ったのでアスタルは今度は咄嗟に「はぁ?」と訊き返すことすらできなかった。
    「あなたの顔に格別に関心があるので、それしか見てませんでした」
    ふと怪我の手当てのために広げた救急セットのなかからテツジンは小さなアルミキャップの容器を手に取った。中身は傷口を乾燥させないためのオイルで固形化され軟膏状になっている。それを指先に少し掬って、テツジンの手が自分の顔に伸びるのを呆気にとられたアスタルは黙って見ているしかしなかった。
    「やはり唇が切れています。気をつけてください。私はあなたの顔を保つことにとても関心がある」
    もっと手当てが必要な酷い傷には目もくれないくせに、それは好きだと言えるのか。子供のような一心不乱さで唇の傷にオイルを塗り込まれながら、やっぱりよく分からないヤツだな、とアスタルは思った。
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