(審神者視点 燭へし)

     おっと、こんな玄関先で随分待たせたな。誰も取次にでる者が居ないもんだから来てるなんて知らなかったよ。まぁ、あがってくれ。客を招くのは不慣れで……お茶も向こうから勝手には出てこないんだ。うちにはへし切長谷部がいないからなぁ。あれがこういうことによく気を利かせてくれる良い刀だってことは俺も知っているんだが。
     ああ、そう、この間までいたんだ。ここでは結構、早い時期に来たよ。なにせまだ短刀や、癖の強い1、2振りの打刀ばかり。様子見、様子見ってやってた時期に来て、聞き分けがいいのはアイツぐらいだったから、本当重宝してたよ。あんまり頼りっきりで、周りのことをやってくれるのは全部アイツになってしまってたから今はこんな有様さ。今は人手も足りていて軍事の方に障りはないけれど、暮らしとしては、まぁ殺伐としたもんだよ。
     うん?いや、折れた……折れたって言っても討ち死にじゃないんだ。変わったことがあってなぁ。ちょっと一言では説明できないんだ。ああ、じゃあ、まぁ話すよ。いいかな?楽にして聞いてくれ。

     そもそもは俺が、二振り目の長谷部を打ち損なったのが原因だ。俺の力が安定していない所為かもなぁ、足や手が欠けていたり、たまにそういうのが出るんだよ。二振り目の長谷部は、頭が足りてなかったな。いや、中身の方だ。見かけはすっかりあの涼しい顔の男で、中身の方は……精神っていうのか、とにかく赤ん坊か小さな子供みたいだったよ。畳の縁をほじくって、あーとかうーとか唸ってたな。
     もちろん俺は、すぐに刀解しようとしたさ。戦力としては期待できそうになかったし、元から居る長谷部のように秘書として優秀というわけにもいかなそうだったしな。そうしなかったのは、燭台切に頼まれたからだ。そうだ、光忠の刀さ。あれも長谷部ほどじゃないが、うちじゃ古くから居る刀で、なんでも器用にそつなくやるもんだから、長谷部の次くらいに頼ってた。あの日も調達した資材の良いやつを、選り分けて持ってきてくれるよう頼んでたんだな。バカバカしいだろ?上等なもんを集めれば、上等な刀が手に入るかと思ってさ。根拠のないまじないだよ。まぁ、それで言えば燭台切は如何にも目が利きそうだと思ったんだよな。鍛冶場に来た燭台切は、俺の打ち損じた長谷部を見た。自分の知っているのと様子の違うへし切長谷部に随分興味があったように見えたな。俺が、これは失敗したやつで、もう刀解するところだって言ったら、なんとも惜しげな顔をした。可哀想だ、自分が引き取る、なんて言うんだよ。話を聞けばこうだった。

    「実は僕最近、フられちゃってね。長谷部くん……前からここにいる方の長谷部くんだけど。仲違いしたわけじゃないけど、気まずいというか、少しよそよそしくなっちゃって、だからこの子に親切にしたいなぁ」

     驚くだろ?俺も耳を疑って聞き返したが、フられたのなんだのって言うのは、そのままの意味さ。燭台切はへし切長谷部に恋慕して、思いの丈を伝えたが、へし切長谷部には受け入れられなかったらしい。俺は男女のそういう話にさえ疎いから、へぇーっと思ってしまって、だけど俺たちから見ればこそ人の男の姿でしかないが、元は無機物の今は神様だろう?そういうことも、それ程不自然なことじゃないのかもしれないって思ったんだ。
     それで、二振り目の長谷部をそのまま燭台切に預けたんだよ。鉄くずにバラしたところで、資材として手元に戻せるのはほんの僅かなものだったし、燭台切は落ち込んでたからな。世話焼きのアイツに面倒を見る相手のできることが、少しでも癒やしになるんじゃないかと俺は思ったわけだ。いいぞ、連れて行け。よく見てやるんだぞ。そんな言葉を俺はかけたんじゃなかったか。

     結果から言えば、これは上手い選択じゃなかったな。
     未完全な長谷部はすっかり赤子のようだったから意志の疎通もはかれなくて、おまけに夜泣きがひどく、燭台切は苦労していた。哀愁のある刀だからな。夜な夜な声を限りに泣き叫ぶアイツを見て本来のまともな長谷部も、理性や意地がなければああやって泣きたがっていたのかもしれないと思ったよ。と、これは俺の勝手な邪推なんだが。まぁ、毎日毎晩のことだから燭台切は参ったようだった。まともに眠れない疲労もあっただろうが、好いてフられた経緯があるだろう?自分の言うことをまるで聞かずに拒絶し続けるへし切長谷部というのには、また別の憤りややるせなさを感じたんだろう。
     どうして僕の思い通りにならないの、そんな言葉を燭台切がアイツの長谷部に聞かせているのを聞いたことさえある。時折、長谷部の泣く声が大きくなって、そういうときは折檻をしているようだった。打たれる方も打つ方も身を裂かれるような悲痛な顔をして、あれは地獄みたいだった。大体ふた月ほどは保ったんだろうか。

     「ごめんね、主くん。僕がちゃんとしてないから折れてしまった」

     そう言って燭台切が長谷部の鉄くずにバラけた体を持ってきたとき俺は却ってほっとしたぐらいだった。詳しいことは俺は訊ねなかった。聞かなくても大体想像がつくだろう?仕方がない、どうせはじめから刀解しようとしてたんだ。そんな言葉を俺は燭台切にかけた筈だ。燭台切は憔悴しきっていた……。

     おかしくなったのはそれからだ。鍛冶場の近くを燭台切がうろつくようになった。初めはさりげなく、たまたま用時があって呼びにきたのだという風を装って俺が刀を打つ頃に決まって顔を出していたのが、徐々に露骨に付き纏いだした。しまいには鍛冶場に火が入っていようとなかろうと戸の前を行ったり来たりうろつきだす始末で、俺はだんだん気味が悪くなってしまった。そうしてとうとう三振目の長谷部が打ちあがったときだ。

    「主くん!それ折るやつだよね!?」

     どこで見張っていたのか、居るんだ、燭台切が。炉の前に立つ俺の背後に張り付いてそれで俺に向かって言うんだよ。

    「へし切長谷部は二本目だよね?そうしたら折ってしまうだろう。もしかしたら、また、不完全な長谷部くんかもしれない。それならどうせ屑に戻すか、溶かして打ち直してしまうよね。貰っていいかい?ねぇ、構わないだろう?ねっ?ねぇっ?主くん……」

     俺はもうあんまり怯えてしまって、怖かったんだ。うん、と言ってしまった。お前の言うとおり、これは失敗作の長谷部だから要らないよ、と。長谷部のぎょっとしたような、疑うような目は到底忘れられるようなもんじゃない。燭台切の黒い手袋が、引ったくるように長谷部の腕を掴んでいった。

    「ありがとう、主くん」

     結局、貰われていった長谷部は全部だめになったな。全部っていうのは、まぁそうだ、その後も燭台切は長谷部を折ったし、次の長谷部もさらって行った。二本、三本と続くうちに燭台切も麻痺していったんだな。後の方はもう折る為に連れて行っているようだった。ろくに会話を試みてさえいなかっただろうな。そうでもなければ、あんなことは起こらなかった筈だ。最後の長谷部をだめにした燭台切に「もう、うちに長谷部はいないよ」と伝えた時も燭台切は意味がわからないようでへらへらとしていた。俺は怖かったよ。怖かったけど、分からせないといけないと思って、言ったんだ。

    「だから、お前が連れて行ったへし切長谷部が、ずっとここに居たへし切長谷部で、アイツが最後の一振りだったからさぁ……!」

     長谷部のことが、本当に好きだったから言いながら泣けてきてしまったよ。燭台切は発狂したな。もう呼びかけても反応もしない。頭の中がからっぽの白痴のようになってしまったからずっと部屋に置いているけど、どうしような。気の毒だし、次の長谷部がここに来たら面倒をみるように頼んでやるのがいいかと思ってんだよ。


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