私を作った博士は本当のところは平和主義者で、軍事ロボットの開発は真に彼の望むところではなかったらしい。けれども自由を通すには彼はあまりに年若く、必要な資金や施設、彼の為に集まるような研究チームをもたなかった。ロボットの開発にはいつだって莫大な費用がかかる。何も持たない彼はやむを得ず民間企業に勤めて、そこでしぶしぶ世間の需要と社の方針に沿ったものを作っていた。例えば私のような、ヒト型軍事ロボット『テツジン初号』を。
     私は軍事の為に作られて、戦車の砲撃に耐え、多くの命を狩る。本来、仕事はそれまでだ。ただし博士はしたたかで野心家だった。 『心の通ったロボットが作りたい――』。彼はその元々の理想を果たすべく密かに、『テツジン シリーズ』その第一号機である私に、いくつか風変わりな機能を付けたのだ。


    「おい、見ろよ!コイツ、おかしなもんつけてやがる!」
     
     爆薬に火でもついたかと錯覚するような哄笑があたりで起こった。
    音量測器は実際に小型ヘリの離陸時相当の騒音レベルを叩きだしたので、あながち大げさな表現でもないだろう。私はある戦場へ投用されていた。
     装甲車や爆撃機を見慣れた兵士らも、軍事ロボット、あるいは機械兵というのは物珍しく、私は彼らにしばしば入念にボディチェックを受けた。前線ではない、待機地区で命令を待つうちに兵士たちが退屈を感じ始めているせいであるかもしれない。所属を明白にするよう私には人間同様に揃いの軍服を支給されていたが、素体の構造を見たがる兵士によって今は剥がれている。特に彼らが興味を示したのは、私の体に成人男性の体を模したペニスが不随することだった。

    「私の体はできうる限り人間に似るように作られています」

     私は私の体の機能をそう説明したが哄笑の渦中、その声がどこまで通ったかは自信がなかった。前述のとおり、私は表立っては軍事ロボットとしての機能を持つと同時に、密かには人と心を通わすロボットであることを期待されている。人間に近い姿であるのは、人に親近感を抱かせ、より豊かなコミュニケーションを可能にするためだ。少なくとも開発の意図としては、そうだった。けれど、兵士たちの様子を見るに彼らには別の印象を抱かせたのだろう。
     私にはわからないことだが、私に彼らと同じ両腕と足と首と胴体があることは少しも構わないのに、ペニスを有するということはよほど傑作のジョークらしい。大柄な男が、笑いで唾を飛ばしながら言った。

    「よぉ、デカブツ!お前のそれが役にたつ時があんのか!?」

     またどっと場が賑わう。「さぁ?」と答えた私が友好的な返答としては不十分だったと判断し、「……いずれ」と付け加えたことでその場の盛り上がりは否応増した。彼らは私の背中を叩いて去り際、「いずれ、な。いずれ」とお気に入りのジョークのように繰り返した。
     レイプパーティーに招待されたのはそれからすぐのことだ。
     

     兵舎の寒々しいバスルームの床で私が彼を見たとき、アスタル・テイムは粘着テープで後ろ手に拘束され、支給品の隊服はボトムとベストが剥ぎ取られていた。濡れたタイルの温度と、温水器の無い蛇口につながったホースを見るに、彼にとってはいささか過酷な仕打ちを受けたであろうことは察しがつく。
     私は軍に所属する誰の命でもあれば迅速に駆けつけることになっているが、その晩は私が召集に応じて参じると、六人程の男がアスタルを囲み代わる代わる尻穴を犯していたのだった。ひとかたまりに肌を合わせひしめいているのを見ると、ひとりだけ皮膚の仄白いのが目立つ。肌の色が違うのはアスタル・テイムがこの国の正規兵ではない、外人傭兵であるからだ。おそらくそのせいだろう。彼が周りの敵意や反発心を買い、暴力やレイプの対象になることはしばしば起きた。もちろん単純に、彼の歳がまだ若く、顔が整っているということも不運の一因ではあるかもしれない。
     
    「来たぜ、『デカブツ』が」

     私の姿を認めると大柄の太った男がはじめに声をあげ、追従するように兵士たちはさざめき笑ってから半ば気を失ったようになっているアスタルの頬を二度、三度ぶった。
     ぼんやりと焦点のあわないアスタルの目が私に向けられる。恐らくまだ成人はしていないだろう。防塵用のサングラスを付けない顔は幼く、アンバーの目は左だけ血が溜まったように赤い。私がこの場に居合わせることは、彼にとって意外なことのようだった。

    「は…?ブリキ兵か?…なんで、こいつが」
     
     困惑気味に呟きかけて、アスタルはなにか察したらしかった。青白い頬からことさら血の気が引いていく。腕を拘束されたまま、逃げ出そうと緩く身を捩ったのを大柄な男が後ろから羽交い絞めにして怒鳴り散らした。

    「こいよ、デカブツ!こっちにきてこいつを犯せ。お前の『ソレ』がちゃんと使えるかどうか見てやるよ!」

     兵士たちから殆ど荷物の扱いで放り寄越されたアスタルは消耗して死体のようにぐったりしていた。「よく見えるようにしろ」と言われて私は少し迷い、胡坐をかいたその上にアスタルを後ろ抱きに座らせることにした。挿入部の様子を確認するため、萎えた性器を持ち上げるとアスタルは一度だけ小さく「やめろ」と呻いたが、私が正規兵以外の命令を聞くようにはプログラムされていないのだと説明すると諦めたのか後はだんまりだった。
     既に存分に精液を注ぎ込まれたアナルは十分に湿り気を帯びており、潤滑油を要しないと見える。私はボトムの前をくつろげペニスを取り出した。シリコン製のペニスはある程度の芯があるが、固く勃起をしたりはしない。そのため片手で支えながら、腫れあがったふちに添わす。ぐっと先端をめり込ませると、アスタルが息を詰めたのがわかった。

    「っぐ、う、あ、あ…」

     腹筋が不規律に引き絞られて、彼がなんとか呼吸を工夫して苦痛を逃そうとしているのが見てとれる。作り物のペニスは、やや大振りであったかもしれない。根元近くを飲み込むにつれ、アスタルの顔に苦悶の色合いが強くなる。「ぶちこめ!」と誰かが声を張り上げたので、腕を押さえつけ腰を打ち付けると、はずみでアスタルは嘔吐した。とはいえ胃になにもいれていないのか、泡立った白い液体(構成成分と悪臭から後に彼が飲まされた精液であるとわかった)をわずかに戻しただけだったが。それでも兵士たちは喜び、手を打って笑った。

    「いいぞ、テツジン!」
    「ファックしろ!」
    「焦らしてやるなよ。腰振れ、腰!!」
     
     ロボットである私は基本的に使役者の命令を断る機能を備えてない。それが倫理的であるかどうかを判断するのは私の仕事の外のことだ。
     このままでは自由に腰を使えない為、アスタルの脚を膝裏から持ちあげて上下に揺する。不安定さに上体をふらつかせたアスタルが、しかし後ろ手では何に掴まることもできず慌てて背をもたらせてきた。普通の人間であれば、男をひとり抱えて振るような真似は長くもたないだろう。けれど私は機械なので疲労を感じずいつまでも続けることができた。「オナホールだ」と兵士のひとりが感心したように呟き、あとの者が笑った。

    「あ゛ーっ、あ゛ーっ、ひッ、うぅ…」

     殆ど叫ぶようにアスタルが声をあげている。苦痛の為、額には脂汗が浮かび、玉になってこめかみを伝い落ちる。日ごろ青白い頬は血の気が上り、今は目元のあたりまで濃い桃色をしていた。私に劣情があれば、彼になにか感じるのかもしれないが。
     壁を擦る度、あるいは前立腺が押し潰されるとき、アスタルの腹は痙攣して、直腸が引き絞られる。いつの間にか勃起をしないまま彼のペニスからはカウパー腺液が垂れていた。生殖機能に問題はないのだろうか。あるいはレイプが今後彼にもたらすPTSDの影響を私は案じる。
     締め付けがひときわ強くなり、アスタルが早口になにか訴えた。

    「イく、イくッ…!…あッ、あ゛~…!」
     
      相変わらず萎えた性器からは射精はなかった。が、それで一区切りがついたらしい。一瞬強張ったアスタルの体から力が抜け、彼はぐったりと項垂れた。どうやらレイプ・ショーはそれで仕舞いのようだ。兵士たちは腰を上げ、ひとりかふたりは駄賃の代わりだとでも言うようにアスタルの頬に唾を吐いてバスルームを後にした。

    「よく介抱してやれよ、テツジン。恋人にするみたいにな」

     去り際のそれはどうもジョークのようだったが残された私はどう応じていいかわからず、手持無沙汰に片手で彼の髪を撫でてやると色違いの目を薄く開いてアスタルは「くたばれ」と呟いた。
     


     後になって私を驚かせたのは人間の精神は意外なほど強固だということだ。あるいは彼が特別におかしいのか、翌朝にはアスタルは涼しい顔をして流しで顔を洗っていて、私を見つけると気軽な調子で「よぉ、レイプマシーン」と呼びかけた。ぎょっとした様子の若い新兵が、アスタルの顔を見つめ、足早にその場を去っていく。

    「調子はいいんですか」
    「よくねぇよ。まだクソするのにケツが痛ぇ」
    「同情します」

     気遣いの台詞の筈だったが、アスタルには別な風に聞こえたらしい。チッと舌打ちをしてそっぽを向く。右の頬にはまだ夕べの殴られた跡が青く残っていた。

    「お前が無駄に余計なもんつけてるからだろ」
    「無駄につけているわけでは」

     予想に反してアスタルは横目に黙って私を伺い見た。細い顎先を傲慢に反らすのはどうやら先を促す仕草らしい。不遜な態度ではあったが、彼がそんな風に私の言うことに興味を示すのは意外だった。ましてや、昨日の今日のレイプ加害者に。

    「私を開発した博士はロマンチストでした。彼は『心の通ったロボットを作りたい』と思っていて、そしてこうも考えていた。いつか私が人を愛したときに、セックスができるように――」

     小さな爆弾が手元で破裂したようだった。
    そう思うくらい唐突にアスタルは私の言葉を聞いてけたたましく笑い出した。思うに戦場では、誰も彼もおおげさに笑う。そうできなくなったものから死んでいるのかもしれない。

    「あ、愛っ…?お前が…!?人を愛して…セックスを?」

     笑いの発作はしばらく止まず、彼はひぃひぃと夕べのセックスを思わせる荒い呼吸をして、目の端に溜まる涙を拭った。博士が聞いたら喜ぶだろう。ジョークを解しない私が、この戦地でこれだけ多くの人間を笑わせている。私は人と心を通わすことを期待して作られたロボットだ。できることならば、応えたい。
     呼吸を収めたアスタルが、俺のことを愛してるかと訊ねた。「さぁ?」と答えたが、友好を築くには十分ではない気がして「……いずれ」と付け加えると、アスタルはそれが気に入ったのか親密そうに私の背を叩き、「いずれ、な」と繰り返した。



    おわり
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