2017年07月24日 00:13
北村キイロさんは「ピアス」というタイトルで【300字以上】の文章を書いてください。
https://shindanmaker.com/181753
→『ピアス』(テツジンとアスタル)
これはホッチキスです、と抑揚なくテツジンが誤りを訂正した。物珍しげな顔のアスタル・テイムが、その青白い手の指に二本の針を留めてしまうのを見たからだ。大の男が今はふたり、顔を突き合わせてレストランのチラシにおまけのキャンディなんか留めている。
「もしくは、ステープラー。『コ』の字形の針を刺し、針先の部分を両側から平らに曲げて紙を綴じる文房具で、肌を突き刺すものではありません」
「うるせぇな、いちいちガッコーのセンセイみてーな言い方すんなよ」
「あなたは学校に通ったことがないと思いましたが?」
悪びれないテツジンの言葉にふん、と鼻先でアスタルが笑った。機械であるテツジンには、一般的なタブーの概念や相手のコンプレックスを推測して発言を慎むということがないのだ。アスタルは別に、それで気を悪くするでもない。人の心を理解したい機械兵の先の道のりが長いのを知って、他愛も無く滑稽に思うばかりだ。
「『紙を綴じる文房具』?俺は昔これで耳に穴を開けられた。訓練所の連中が『ピアスをあけてやる』って。アレは嘘か?」
「嘘というよりは悪意を持ったジョークの一種で、イジメを受けていたのでしょう」
「俺が?気がつかなかった」
皮肉ですね。テツジンが肩を竦める。平穏普通な暮らしを知ることで、かえってこんな風に過去にふるわれた暴力に気付いてしまうようなことは。
「本物のピアスをあけてあげましょうか?」
赤色の石がアスタルの耳に留まっているところを想像してテツジンは言った。アスタルの目が赤いので、そういう色が良いと思ったのだ。
「嫌だよ、痛ぇんだろ」
指の腹に深く刺した針を犬歯で取り除くと、血で汚れた針を手のひらに吐いてアスタルは言った。
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2017年07月24日 00:12
『木曜 』(テツジン)
※診断メーカー(https://twitter.com/ktmrkiiro/status/750216121811210240)に決められたお題で短文を書きました。お題『縛り上げる』
体を縛り上げられる気配にテツジンは目を覚ました。どれ位ぶりの覚醒かテツジンにはよくわからない。視覚を映す内蔵カメラはもう何年も調子がよくない――。
随分長いときが経ったので、最新式の戦闘兵器として生まれたテツジンは今では滑稽なくらい時代遅れのポンコツロボットだった。最近は目を覚ますのも二週間に一度とか、はたまた数ヶ月ぶりなんてこともざらなのだ。内部のバッテリーの状態が特に悪くてテツジンは日々の殆どをスリープモードで過ごしている。
『もってあと三〇〇時間の命でしょう――』
機械工からバッテリーが自家熱で歪んでいることと交換はできないことをそう説明されたとき、まるで余命を告げられる人間のようだとテツジンは密かに笑った。可笑しさや悲しみなど、機械に到底得ることの出来ない感情のようなものをテツジンは理解している。それが機械の身には余る膨大で複雑なエネルギーを生むので、テツジンは壊れてしまうのだ。
普通に過ごせば残り二週間も持たないテツジンは、それから大抵の日は電源を落とされて眠ることになった。僅かな余命を少しでも引き伸ばせる為に。しばらくぶりに目を覚ます度、自分を起こす友人の姿が老けているのは可笑しいような哀しいような奇妙な感慨があったが、悪くないものだ。今はどんな様子だろう。
「アスタル」
友人の名をテツジンは呼んだ。
真っ暗な視界の先で、いたずらをしてニヤついている顔が思い浮かんだのだ。自然と優しい声がでた。
そのとき視界カメラもパッと繋がった。辺りはゴミの回収施設で、安っぽいガムテープが自分の体をぐるぐると縛り上げている。若い男が息を詰めて自分を見下ろした。
「わ!コイツ、喋った!」
テツジンは酷く恥ずかしくなった。状況がわかったのだ。
男の首からぶら下がる名札に『危険物処分取扱免許』の文字が記されている。標準電波の自動受信はテツジンに今日が何の日かを知らせることができた。木曜、ゴミの日だ。
もう本当に随分久しぶりに目を覚ましたのだ。アスタルは、とうに死んだろう。残されたガラクタはしかるべき業者に託されたのだ。
穴があったら埋まってしまいたい、とテツジンは思ったが丁度、焼却ができない廃品の為の大きな穴が側にぽっかりと口を開けているので、どうやらテツジンの願いはすぐに叶いそうなのだった。
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2017年07月23日 23:31
あなたは私の先生(テツアス)
食卓でのマナーがあまりに酷く堪えかねたので、私はその男性客へ警告をしに向かいました。私がテーブルへ着いたとき、彼は気の弱いウエイトレスを怒鳴り付け、侮辱的な言葉で彼女をなじっていました。テーブルクロスには彼のひっくり返した皿と、その上に乗っていた羊肉の煮込みとソースが、顔は赤らみ酒気を帯びているようでした。
私はマニュアルに沿い、ウエイトレスに厨房に戻るよう促すと男性客にこう告げました。
「あなたの行動はこの場の秩序維持のために許されるラインを越えています。」
これは警告です。言い添えると他所で配膳をしていたアスタルが手を止めて険しい目でこちらを振り返りました。いさかいの気配を感じたのでしょう。早足にまっすぐこちらへ向かってくるのが見えました。
酔客は激昂し、フォークの柄でテーブルを強く叩きました。極めて反抗的な態度。説得に応ずる意思はないと見ていいでしょう。けれど私には必ず二度、警告をする義務があります。それは戦場にいたときからそういう規則でした。
「二度目の警告です。手のひらを開いて立ち上がって……黙ってここから立ち去ってください。そうすることをおすすめします」
私は十分にすべきことを果たしました。男は怒鳴り声をあげ、それは店内の人々をいたずらに威圧し著しく秩序を乱す振る舞いだったため私は彼をこの場から排除することを決めました。あっ、と背中で声がかかります。
「クソ!こいつ伸びちまいやがった!」
声をあげたのはアスタルでした。アスタルは舌打ちすると私の手から男性客を引き取り、店の奥へ呼び掛けます。ぐったりとした男の体がアスタルへもたれかかり、私は不快感を覚えます。
「なぁ、店長。お客を外まで送ってやらねーとダメそうだ」
リオラさん(この店の女店主です)は問題を察知して厨房から様子を伺いに出ていましたが、アスタルの言葉をきくと我に返ったように「頼むよ」と頷きました。私にはいささか不思議な気がします。
テーブルから離れた位置にいるリオラさんにはあるいは分からなかったということもあるかもしれませんが、ここでこうして彼を支えているアスタルが気づかない筈がないのです。この男性客が既に死んでいるということを。
人気のない海沿いの防風林へ、アスタルは男を運びました。彼は足元の土を蹴ってほじくりかえすと、「この辺に埋めるか」そんな風に言います。土葬は私のいた戦地でもかなりポピュラーな弔いの方法です。やはりこの男性客が死んでいることをアスタルは知っているのに。
「死んでいるのが分かっていて何故この男性が『気絶した』など馬鹿馬鹿しいことを大声で口にしたのですか?」
アスタルに指示されて、地面を掘りかえしながら私は訊ねました。アスタルはどこか呆れたような慈しみある目で私を見て、私はそれでいささかムッとしました。
「いいか?今俺たちがいる世界じゃ、人を殺したらいけねぇんだよ」
「私は人を殺すために作られたロボットですが」
「それでもだ。警告してもだめだぞ。『二度の警告を無視した場合、攻撃していい』なんてのは俺たちの……戦争のルールだ」
穴を掘り進めながら私は暗い気持ちになってしまいました。
自分の振る舞いが野蛮で残虐なことだと恥じたわけではありません。
戦場ではない穏やかで平和な世界。こちらへ来たのは私の方がずっと先だったというのに、「こんなところでは生きられない」と弱音を吐いたのはアスタルの方だったのに、アスタルは私よりも余程、この世界のことに詳しいのです。私は無念を覚えました。
私はふと手元を見ます。無心に掘っていた穴は今はずいぶん深くなったようでした。
男性客の死体を入れてももう少し余裕があるように見えます。
「やめとけよ」
アスタルが言います。
「俺も埋めちまったら、今度は誰がお前に死体の捨て方を教えてやれるんだ?」
それで私はまたむくれて言われるままに死体に土をかけ続けるしかありませんでした。
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