それはちょっと他に類を見ない、奇妙な表札であるように私には思えた。
"The ROOM(部屋)"
継ぎ目のないつるりとした白い壁に、そう印字された四角形のプレートがかかっている。表札というものは本来、外から訪れる人にその場所が何であるかを示すものだと思うのだが、これは部屋の内側にかかっている。つまり訪問者は部屋のなかに入ってはじめて、ここがどういう場所であるのかを知ることになるのだ。これでは全く表札の意味を成していない。あるいはもしかするとはじめから、外からやってくる人間にはその場所を何であるか教えない、意地の悪い意図があるようだ。
「ふぅむ」
私は唸りながらプレートを見直した。ことさらに奇妙な点がここにある。この不親切な四角形の余白には、まるでいたずらのような走り書きでこう書き足されているのだ。
"can't leave without sex."
「セックスをしないと出られない部屋」
私が思わず声に出して読み上げるのと同時に、床に倒れ伏していた青年がゆっくりとその体を起こした。
◇
「私の名前はテツジン・グランキオ。元は戦争のために作られた機械兵で、今はこの施設で保護を受けている無害なロボットです」
これが初対面の人間に私のことを表す最も簡潔な言葉だろう。白いタイルの床の上で、おそらく今まで昏睡していたと思われる青年が私の姿を見るなり警戒をあらわに身構えたのを見て、私はまずそう己の身分を明かした。腰の後ろに手を回した様子から彼は何か手に取ろうとして、けれど所持品は取り上げられてしまったのか、それは見つからなかったらしい。チッと舌打ちをして上目に私を睨む。身につけているものは、所々に縁の擦り切れた深緑色のシャツとカーゴパンツ。前髪を掻き上げて厳つい装いだが、全体的に線は細く、痩せて尖った顎先と張りのある肌からは彼がまだ少年の域を抜けて間もない年頃であるのを感じさせた。室内というのに色の濃いサングラスをしている。あるいはこれは彼が明るい外から突然に、装具を外す間もなくこの部屋に連れてこられた事実を示しているかも知れない。
私は次に彼がパニックになって騒ぎ出すか、もう少し冷静であれば、私に何か質問するだろうと予想した。先の私の自己紹介には敢えて詳細を省いたところがあって、それは一言には説明するのが難しいためにしたことだが、そうすることで訊きたいことを一つずつ質問させて答える方が、彼がこの状況を把握するのに容易いだろうと踏んでのことだ。
「施設って言ったな」
ややあって青年が口を開き、私は彼が叫び出す方を選ばなかったことに安堵した。いくらか話のできる相手のようだ。
「ええ、そうです。失礼……あなたの名前は?」
「アスタル・テイム」
床の上に立て膝をついたままこちらを伺う彼に私が手を差し出すと、アスタル・テイムは疑り深く眉間にしわを寄せながらもそれを握り返し立ち上がった。用心深い性格なのだろう。私の手に触れる前に、彼が素早く私の全身に観察するような目を向けたのに私は気づいた。それから四方を伺い、この部屋に直ちに危険になるものがなさそうだと分かるとそこでようやく再び私に目を戻す。右と左で瞳の色が違う。おそらく色素の異常とみえる彼の左目は狼のようなアンバーで、右の目だけは兎と同じ血の透けた赤色だった。彼の方が少し背が低いので、近くに立って向かい合うとサングラスの隙間を見下ろすような形でそれがわかる。私がわざとぼかして口にした『施設』という言葉がやはり彼は気になったようだ。
「ここは病院なのか?」
「いいえ」
「じゃあ、軍の訓練所か」
「いいえ」
「……それか、捕虜の収容所」
「いいえ」
「……だったら何の施設だって?」
問い質す声に苛立ちと困惑がにじむ。己の想定がことごとく外れたことに不安を感じているようだった。私は刺激しないよう殊更にゆっくり言葉を選んで彼に話す。
「ここは研究所でもあり、保管庫でもあります。得体の知れない奇妙なものを収集、分析し、管理することを目的とする。私自身、そしてこの部屋も『得体の知れない奇妙なもの』、そのひとつですが……私とあなたは、実験のためにこの部屋に入れられている」
「実験? なにをさせられる?」
ピクリと一瞬、右目の下の筋肉が痙攣したのは彼が緊張したからだろうか。アスタル・テイムは半歩ほど後にずり下がった。不審の声は、彼がこの部屋ですることにまるで見当がつかないでいるのを示している。それは何とも不自然なことで、おや、と私は首を傾げてしまう。あれだけ用心深く辺りを見渡したのだ。彼がこれを見落とす筈がない。
「まさかこれが読めないのですか?」
私は壁を指差す。つるりとした白い平面にかけられた唯一の物体。無機質な四角いプレートがそこにある。アスタル・テイムがきょとんとした様子を見せたので私はそのいたずら書きのような一文をもう一度声に出して読んだ。
「『セックスをしないと出られない』」
どっと冷や汗をかく、という現象をこの目で見たのは初めてだったが、アスタル・テイムはこの瞬間、確かにそれを見せてくれた。
◇
アスタル・テイムは十九歳前後の若い男で、稼業は傭兵をしているということだった。前後というのは、彼の出生が曖昧で自分でも正確な年齢は把握していないためだ。特定の所属はなく、金を受け取って言われた場所で必要な仕事をする。それが彼の生き方だ。ここへくる前もなにがしかの契約書にサインをして、どこかの戦地へ幌付きのカーゴで運ばれていく途中だったらしい。
「肝心なところが随分、曖昧なのですね」
私に指摘されると、彼は薄い唇を尖らせて不貞腐れた顔をした。
「難しい字は読めねぇ」
まともな教育は受けたことがないようだ。彼に分かるのは、金額を表す数字の0の多少と、彼の仕事にはお決まりの「ただし命の保証はなし」という冷淡な一文だけだった。そうしていつものつもりで移動車に乗り、気がついたらこの部屋にいたというわけだ。
「要するにあなたは今回、兵士としてではなく実験用の素材として買われたわけですね。自身でもそうと気づかず」
彼の話を聞いて私がそうまとめるとアスタルは、はぁあと深くため息をついて項垂れた。
思い切りがいいのか諦めたのか、はじめこそ、ここがどんな場所かを聞いて青ざめたアスタルは、今はすっかり大人しくて私が服を脱がすのにもまるで抗う素振りを見せない。兵役のためだろうか、細い体躯のわりに筋肉のついた締まった身体をしているが、脂肪が薄く腰や膝の骨の出っ張りが酷く目立つ。敷物のない床に転がすのが哀れに思えて、私が上着を脱いで敷いてやると彼は躊躇いなくその上に仰向けに寝転んだ。いっそふてぶてしいくらいの態度で、裸になることにはあまり抵抗がないようだ。サングラスの縁に指をかけるとそれだけは不機嫌そうに顔を背けたが、それも安易に他人に触れられて壊されたくないだけの様子で、自ら外して床の上の邪魔にならないところに押しやった。隔てるものの無くなった彼の顔を私はまじまじと観察する。
「なるほど、顔が可愛いのですね」
「いらねぇよ、そういうの」
「いえ、本当に」
私は機械であるが、人間の集団に混ざって行動することを想定されていたせいか一般的な美的感覚というものがプログラムされていて、その感覚によればアスタル・テイムの造形は十分整っていると言うことが出来た。額から顎にかけてのラインが綺麗で、目鼻の位置のバランスも良い。眦の少し吊り上がった目とつんと尖った鼻先は彼の顔を挑発的で生意気に見せていたが、それもある種の魅力を際立たせている。
私が深々と覗き込み彼の頬を手で撫でるとアスタルはたじろぐような顔をした。彼は私のこういう振る舞いに、裸にされるより居心地悪さを感じているらしい。
「わかったよ。何でも良いから、さっさと突っ込んで終わらそうぜ」
照れ隠しか挑発か、アスタルは足を絡めて私の腰を引き寄せた。あるいは単に、足癖が悪いのかも知れない。
「怯まないのですね、少しも」
「まぁな、慣れてる」
何でもないような口ぶりだ。軍隊という場所では、暴力としてでも娯楽としてでも、そういった行為の発生が多いとも聞く。アスタルの言葉に私は勝手に納得し、それならと自分のポケットを探る。アスタルの目が少し警戒してその動きを追ってきた。
「なに?」
「問題ありません。ただのグリースです。本来には私の関節部の動きをよくするために携帯しているものですが……、使えなくはないでしょう」
丸い筒状の缶を開けて、常温では白っぽく固まっているそれを指で掬って彼に見せると、アスタルは知らないものを見る猫のように鼻を近づけて、くん、と嗅いで眉間に皺を寄せた。
「油クセェ」
「人間用ではありませんから。香料などで調整されていないものです。別に悪いものではありませんよ」
だからといって体に良いものでもないが。私がアスタルの足の間を割って手を滑り込ませると、彼は心得たもので腰を少しずらして私の指がちゃんと彼の後ろの穴に触れられるように調整した。
「なるほど、経験豊富ですね」
「そう言ってるだろ」
体温のない私の指の上では溶けないグリースを薄く伸ばして穴の縁にすり込むようにする。と白っぽい塊が徐々に温まり粘性の高い半液体へと変わっていく。固い穴の縁を解すように指の腹で往復したり押し込むように揉み解していると、慣れていると言ったアスタルの言葉通りか粘度の緩まった潤滑油に後押しされて指の先がするりと飲み込まれた。あっ、と小さくアスタルが声を上げる。
「痛みますか?」
「……別に」
私は注意深く彼の様子を伺った。ふいと顔を逸らすアスタルと目の下の薄い皮膚が血の色を透かして赤らんでいる。ため息のように深く息を吐いて、何かを耐えている様子ではあったが、痛みを感じている気配はない。体温の上昇を検知、額に少し発汗が見られる……彼は感じやすいのかも知れない。
潤滑油を塗り足しながら私は傷をつけないようできるだけ慎重に、少しずつ指先の進度を深めていく。入り口を拡げるように穴の淵に沿ってくるくるとかき混ぜるように指を動かすと、刺激による生理反射か指を喰む肉がきゅうと締まるのを感じた。
「う、う……」
「勃っていますね」
ヒクヒクと痙攣しているアスタルの腹のすぐ下で性器がゆるく持ち上がっている。手のひらで包むように握るとアスタルは触れられるのを嫌がって腰を逃がそうとしたが、私が構わず無理やりに扱き立てると、鼻にかかった鳴き声を上げながら緩慢にもがくだけになった。
人間とは違う私の腕は手首の上から先と甲の側は固い装甲に覆われているが、手のひら全体には細かな作業に適したラバーが貼られて、指先に滑り止めのための溝が指紋のように彫られている。そのため少し刺激が強いかも知れない。カウパー液を漏らしてひくついている尿道口に、指先の溝を引っ掛けるようにして何度か先をキツく擦ってやると、思いがけない刺激にアスタルの身体は跳ね上がった。
「ひっ、い、……ひっ!」
膝を立て腿を広げた姿勢を保つことが難しいようで、両足がジタバタと暴れる。挿入する指を二本に増やし抜き差ししながら、性器への愛撫を続けていくと、アスタルの呼吸が段々浅くなり身体の痙攣が酷くなっていく。
「は、はあっ、あ〜〜っ、イく、それ、やめ」
足の指先がぎゅうっと閉じて、アスタルは射精した。ぴんと張り詰めた全身が、それから床の上でだらりと弛緩する。彼の肌は元々には少し青ざめているくらいの白色をしていたが、今は血が巡って全身がのぼせたように真っ赤に紅潮していた。汗ばんだ肌を確認するように手のひらで触れるとそれにも感じたように敏感に肩を揺らす。
「大丈夫ですか?」
私が覗き込むと彼は目を濡らし鼻をすすっていたが、それでも気丈に睨みつけ私の腹を軽く蹴飛ばしてきた。
「……もう、いいから、入れろよ」
万が一にも彼を押し潰さないよう体格差を考えて、アスタルには上に乗ってもらうのがいいだろう。
くったりとした様子のアスタルを起き上がらせると、私の腿を跨いで膝立ちになるよう向かい合わせる。私はズボンのベルトを外し、前を寛げた。人の雄の形を模して作られている私のそこにあるのは当然、男性器である。ただしシリコンで出来ていて、自然に立ち上がるような硬度を持たないため挿入には根本を支えてやらないと難しい。手伝ってもらえるかと訊ねるとアスタルは一瞬渋い顔をしたが、早く終わらせたい気持ちが勝ったのか後は躊躇なく片手で自分の尻たぶを開き、もう片方の手で私のペニスを立たせながらそれを自分で穴の入り口にあてがった。侵攻を阻もうといじらしく押し返す肉の感触、それから、みり、と押し開く感覚がある。
「くっ、う……」
「いいですよ、そのまま腰を落として」
息を詰めながら慎重に腰を下ろしていくアスタルのこめかみを汗が一筋伝っている。それを指で掬い取ってやると、アスタルはちらりと上目で私を見た。彼は大抵、眉間にシワを寄せてふてくされているか、挑発的で好戦的な態度だが、時折こうしていたいけに見える。作り物のペニスは少し誇張した作りでカリが大きく張り出てアスタルは飲み込むのに苦労していたが、無事にそこが通ってしまうと安心したのかどこか勝ち誇ったような、強気な顔をした。
「は、は……入ったぜ」
「上手ですね」
腹の中を埋められて圧迫感に顔をしかめてはいたが、褒められたことには得意そうだ。皮肉っぽく口の端を上げる。
「…ジジイとやったことがある。七十歳くらいだったかな」
「私のペニスは老人と同じですか?」
性感を与えるためと言うよりは馴染ませるように、腰をゆるく揺すって突き上げてやるとアスタルはきゅっと目を瞑って私にしがみついてきた。
「ふっ、く……こんなん、チンコでもねぇ。オモチャだろ」
彼の性格を考えれば、それは強がりでわざと言ったのだろう。けれど私は彼がそういう風に振る舞うのをよしとしない。
「いけないですね、アスタル」
彼の腰を引き寄せて、後ろに引かないように固定する。慣らすための様子見の動きから、ゆっくりとした長い抜き差しの運動に。太いカリに内側の肉を捲られて排泄に似た快楽を感じるのだろう、アスタルの背が細かく震えて、再び性器が熱を持つ。前立腺を押し潰しては離れ、また押し潰すように静かに腰を動かし続けるとアスタルは嫌々をするように首を振った。
「あっ、あ、うんっ」
ぴんと背を仰け反ったアスタルの胸が突き出される。興奮で少し固く尖っている先端を指で弾くとぎゅうと締め付けが強くなり、アスタルは小さく息を詰めた。
「ひっ、…余計な、こと、すんなっ…」
「でも気持ちいいのでしょう?」
乳首の根本を指で摘んで上方向に引っ張る。表皮が伸びて敏感になった先を爪先でカリカリと引っ掻いてやるとアスタルは背を震わせて軽く達したらしい。充血するくらいキツく摘んでから指を離し、弛緩したところで今度は乳輪の際を優しく指の腹で撫でてやるとむずかる赤子のような息を漏らしながらアスタルは身悶えた。
「ふっ、うぅう…、嫌、だ…それ、触んな…」
「しーっ、アスタル。じっとして……」
拒絶の言葉を吐くアスタルの口を塞ぐとくぐもった熱い息で手のひらが湿った。濡れた目が私を睨みつける。
「難しいかも知れませんが、できるだけ嫌がらずに私を受け入れてください」
「んんんっ」
こんな風に理不尽に性行為を強いられて、その上抵抗もするなとは随分一方的で身勝手な要求に思うだろうが。案の定、向こう気が強いと見えるアスタルは私の言葉に反感を覚えたようで、首を振って私の手を振りほどくと指の根本をキツく噛んでくる。
「困りましたね」
機械の体である私に痛覚はない。彼に食まれたまま二本の指で舌を挟んでしごいてやると、そういう仕返しをされるとは思っていなかったのかアスタルが目を白黒させて私の手を掴んできた。
「ふっ、んぶ……むっ…」
唾液が口の端を溢れて垂れていく。彼は口の中も性感帯らしい。上顎の裏を擽るように撫でてやると、ペニスを咥え込んでいる肉壁がぞわと蠢いて締め付けが強くなった。下手に口を塞ぐより都合がいい。私は指でアスタルの口内を嬲りながら話をはじめた。
「この部屋はセックスをしなければ出られないと言いましたが、アスタル。単に私があなたの排泄孔に性器を挿入すれば開くと言うわけではないかも知れません」
現に、それで開くのであれば、私たちはすでに解放されている筈だ。けれど、部屋の壁には継ぎ目ひとつなく、扉が開くどころかその姿さえ見えない。アスタルの目が軽く見開いて、何か物問いたげに口を開いた……が、最後まで話してしまいたかったため私は彼の舌の奥を指で押し込み嘔吐反射で黙らせる。ぐぅっとアスタルの喉が鳴る。
「実のところこの部屋で実験が行われるのは初めてのことではありません。はじめは無難に人間の男女で。それから同性の人間同士、愛し合うもの、そうでないもの。人と犬、または豚。今回は、人と人型アンドロイド……その接合がセックスとしてみなされるかどうかの検証ではありますが」
犬や豚と交わらせられるという非人道な例を聞いてゾッとしたのか、アスタルの顔が強張ったのに私は気づいた。彼は自分がここにいる事態をあまり深刻に捉えていなかったのかも知れない。この施設で使われる人間は、大抵の場合が元死刑囚で、その人権も既に死んでいるものとして扱われることが多い。アスタルのような雇われの兵士が連れてこられるのは初めて見たが、彼を雇用した人間からすれば彼もまた「既に死んでいる」に等しい命なのだろう。
「私が懸念しているのは、これらの全ての実験で一般的に性交と呼べる、性器を介した結合が行われたにも関わらず、部屋を出られたケースと出られなかったケースがあることです。つまりこの部屋の提示する『セックス』とは単に肉体の結合を意味しない。他に何かが必要なのだと考えます」
息苦しさにアスタルの顔が真っ赤になっていることに気づき、私はようやく指を引き抜いた。ひゅう、と大きく息を吸い込んだアスタルは喉近くまで指で犯されたせいで何度も嘔吐き、息も絶え絶えといった様子であったがちゃんと話は耳に入っていたようで、私に訊ねる。
「何か、って……なん、だよ」
「私はそれを『気持ち』ではないかと予想します」
アスタルは困惑して、どうしたらいいかすぐにはわからないようだった。私は汗の溜まって流れる彼の背中の溝を指で辿り、そのまま尾骨の辺りへ滑らせトントンと叩く。冷めかけた性感を思い出したようにアスタルが小さく、あ、と喘いだ。
「これは予想でしかありませんが、あなたが私を玩具だとみなして、これをオナニーだと思うのなら出られない可能性があります。あるいは心で私を拒絶していれば出られないか、あなたが十分に性感を得なかったとしてもここから出られない可能性がある」
腰の辺りをノックし続けると、間接的な弱い刺激でも中に入っているのを意識するのかアスタルの膝が震えだした。収縮する内部が勝手に快楽を拾ってアスタルの語尾を震わせる。
「…じゃあ俺が、ぁ…、お前と今セックスしてるって考えてて」
「ええ」
「それで、……んっ、ちゃんと気持ち良くて」
「はい」
「あ、……お、お前のことを、好きにならないと、ダメってことか…?」
「ええ、そうです。お利口ですね」
思いのほか飲み込みがいいのに感心して、ご褒美のつもりで腰を引きよせ前立腺をこねてやると、足に力が入らないのか汗で滑ったのか勢いよくアスタルの腰が沈んで、その分深くにペニスを飲み込む。
「あ゛っ!」
ぴゅっと衝撃で押し出されるようにアスタルの性器から精液が漏れたが、まだ一番奥の奥は暴いていない。幅の狭い彼の腰を両手で掴み、突き当たりのように感じる場所をコツコツとノックするとアスタルは恐怖したように身をよじって逃れようとした。
「あ、あ、待て……もう来るな。嫌だ」
「嫌がるなと言いましたよ、アスタル」
感じなくてはならないとも。ぐっと押し進めると、もう進めないと思っていた先から不意にもう一歩踏み込む感触があった。アスタルの口が悲鳴を上げるように大きく開いたが、声にはならず、代わりにボロボロと大粒の涙が溢れて落ちる。全身が酷く痙攣し、絶頂したようだ。玉の汗をびっしりとかいたアスタルは、荒い息を吐きながら脱力してその場に崩れるようになってしまう。もうあまり自分で踏ん張る力がないようだ。私がぐったりとした彼の体を抱え直して、持ち上げるようにしてしまうとアスタルは泣きそうになって、無理だ、嫌だと繰り返しながら必死に首を振った。哀れなようだったが、しかし何もない小部屋にいつまでも閉じ込められているのでは、生きた人間である彼は死んでしまうだろう。
「無理でも頑張ってください」
「゛や、ぁっ、……あっ、あぁ〜〜〜〜!」
内腿から掬い上げるように抱えた彼の体を上下する。アスタルは癇癪を起こした子供のように手足を突っ張って、顔を真っ赤にしながら泣き喚いた。あまりに言語不明瞭だったため、すすり泣きながら合間に彼が何か言ってるのを私はしばらく気がつかなかった。
「ひっ、ひぐ…お前、が……ひっ、だろ」
「はい?」
ほとんど子供のようにぐずっていてよく聞き取れない。
「すみませんアスタル。もう少し、明瞭に」
あやすように彼の体を揺すりながら私が聞き返すと、私の肩を掴むアスタルの指に強く力が入った。
「お前っ、の方が……気持ち、持つとか、無理だろ……っ」
絞り出すような声だった。アスタルの目が絶望に暗くなっているわけを私は納得する。なるほど、彼は自分がいくら頑張って感情をコントロールしたところで私の方が問題だと思うのだろう。私が血を持たない機械である以上、この行為に気持ちを持つことなどないことを。しかし、そんなことを恐れているとは、私は些か拍子抜けした。
「気持ちと言うなら、アスタル」
彼の肩がびくりと跳ねる。
「私の方ならひと目見たときから既にもう、あなたのことをかわいいと感じていますよ」
ひゅっとアスタルが息を飲んだ。直後に彼は力尽き果てて気絶したので、私の告白をアスタル・テイムがよく聞いていたのかどうかは定かではない。
◇
施設を出ると外には晴々とした空が広がっていた。
「よかったですね」
十何時間ぶりかの陽の下でグッと体を伸ばしたアスタルの姿に私がそう声をかけると、彼はムッと眉間にシワを寄せて「すけべ」とひと言私を罵った。
「そうではなく……、あなたが、無事に外に出れて」
私がたじろぎそう言い訳すると、それが可笑しく見えたらしい。アスタルはフンと鼻で笑い飛ばした。
「なぁ、お前これからどうすんの?」
一度肌を触れ合わせた気安さか、私の肩に馴れ馴れしくもたれてアスタルが言う。良すぎて失神までした癖に、目を覚ましたアスタルはまるでけろりとして頑強なのだった。性的陵辱を受けた瑕疵を感じさせないその精神も含めて。
約束の金と所持品を返してもらい無事に支度を整えた彼はここを出てもう次の戦場に行くという。もう騙されて酷い目に遭わないと良いのだが。私が余計な心配をしていると、返答のない私を訝しむようにじっと顔を覗き込んでくる。
「私は……」
当てがないわけではない。私は、戦争のために作られたロボットだったが、ある日ふと機械らしからぬ夢を見て戦場を離れたのだ。ロボット兵であろうと、兵士が勝手に軍を離反することは許されることではない。本来であれば私は連れ戻されて処分を受けた筈だったが、自我を経た稀有なロボットということで偶然私はこの施設に保護された。施設の職員は、私がここに留まりいくつかの実験に手を貸せば、やがては恩赦として私が人間と同じ暮らしをできるよう手配してくれると約束してくれている。いつかそのうちには。
「私はどこか海の見える静かな街に移住して、料理人になるのが夢ですね」
面白いことを言ったつもりはないのに、ははは、と高らかにアスタル・テイムは笑った。
「何だよ。いく場所がないつったら、一緒に誘うつもりだったのに」
「なるほど、それは惜しいことをした」
「惜しがったってもう誘ってやらねぇよ」
鼻の先で笑って軽い憎まれ口を叩く。彼はそういう生意気な顔をするのが似合って、やはり可愛らしいと感じる。
「じゃあな、テツジン」
屈託なくこちらに手を振って、アスタル・テイムは去っていった。その背を見送りながら私はぼんやり夢想する。私がいまだ戦場に止まっていれば、彼と肩を並べることもあっただろうか。実際にはあり得なかったことだが、けれど想像してみるとそれはなかなかに面白そうだと、私は思うのだった。
おわり
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